見出し画像

かっこいいかます

 ひょろい男の隣には自分が太く見えるから並びたくもないだとか、あいつはブスのくせにいい匂いがするだとか、歩くたびにちゃりちゃり音がなる男が学科内にいるらしい、なんていう都市伝説じみた話題までとにかく大学時代の女子会では異性の容姿に関する話題が多かった。その度に私はどう参加したらいいだろうと内心焦っていた。

 今思えばひどい話だ。しかし大いに盛り上がっていた。容姿に関する話題は必ずと言っていいほど盛り上がった。

 私は、テレビに出ているタレントだろうが、人気スポーツ選手だろうが、著名人、一般人関係なく「かっこいい」と言葉にすることに抵抗がある。

 確かにかっこいいと思うのだが、容姿に関するコメントは、恥ずかしいというか、罪悪感というか、あまり得意な内容ではなかった。母も姉も祖母も、家の中で男の人をかっこいいと言っているのを聞いたことがないので、環境のせいかもしれないし、自分の容姿に自信がないからかもしれない。

 大体自分のかっこいいと思う人や、第三者に伝える、ということが、みんな恥ずかしくないのだろうか。

 ふ〜ん、こうゆう人がタイプなのね、とニヤニヤされるのがオチだと思う。推しの写真が入ったカードやら、缶バッジやらをじゃらじゃらつけている人を電車で見ると、ひぇぇぇと思う。

 それと同時に羨ましさもこみ上げてくる。きっとこうやって素直に好きを表現できる人は、同じ好みの人と巡り合って大いに盛り上がり、楽しい時間を過ごせるはずだ。

 私の好みが世間一般から大きく外れていると自分では思っていないのだが、世間の言うイケメンドストライクからは、もしかすると外れているのかもしれない。ギリギリストイラクくらいの感覚であるはずだと信じている。

 大体いいなあと思うのは戦隊キャラでいうと、赤ではなくパープルあたりだし、漫画では主人公の横にいるオタクだけど頼りになる人とか、優しすぎてヒロインにふられてしまうような人を恋しく思うものだ。決してイケメンドSキャラではない。

 しかしある俳優さんの事を友人数人でかっこいいかっこいい、と盛り上がっている時は大変困った。かっこいいと私も言わないと、この場にいれない気がするほどの熱狂ぶりであったのだ。

 確かにその俳優さんはどうみてもイケメンある。顔が小さいのにムキムキしていて、笑顔が素敵だった。それだけに私だけむっつり黙っていると、逆に本気で恋をしてるのでは疑惑が出ておちょくられるかもしれない。または斜に構えている嫌なやつと思われるのも避けたかった。

 そんな時はふわっと一言「かっこいいよね」と言ってその場をやり過ごすようにしている。しかし次第に皮膚の表面あたりがそわそわとしてきて、落ち着かなくなり、その後ぐったり疲れてしまう感覚になった。

 小学生女子じゃないんだから、かっこいいぐらい言っても何も恥ずかしくないような気もするのだが、いかんせん難しい。私だって素敵だな、と思う男性に出会うことはある。その時はかっこいいの代わりに「かわいい」という言葉を振り絞るのが精一杯であった。

 先日スーパーで買い出しをしていた時のことだ。同居人から、不意に
「アユってイケメンだよね」
と言われた。

 アユがイケメンとはなんだと振り返ると鮮魚コーナーでパックされた鮎をじっと彼が眺めている。

 なんだ魚かと思ったが、私も鮎のイケメン具合をチェックすることにした。しかし改めてまじまじと見ると、その鮎がなんともかっこいい気がした。

 素朴な顔立ちだけれど、顔は小さく身体とのバランスもいい。色合いもおっとりしたグレーとベージュの混じった色で優しそうな雰囲気だ。

 鮎をあまり触ったことはないが、鱗も小さそうですべすべしているように見える。おそらく人間だったら、美男子だろう。清潔感がある。

「かっこいいね」
と返事した。皮膚の表面はそわそわしなかった。

 楽しくなってきた私は、さらなるタイプの魚を求め鮮魚コーナーをジロジロと眺めることにした。

「サンマはハンサムで、高学歴そう。スマートだよね」
「豆あじはまだまだガキっぽい感じの顔立ちだな」
「それに比べて真あじは信頼できる顔をしている、同期にいたら心強い」
「太刀魚が上司だったら、チクチク嫌味を言って来そうな顔をしている」

 魚相手に偏見にまみれた主張をしている我々は、土曜日の鮮魚コーナーで明らかに浮いていただろう。 最終的に、私は三匹がまとめてパック売りされていた「かます」という魚が気に入った。

「結構かます、タイプかも。かっこいい」

 鮎と比べれば美形というわけではないかもしれないが、口のとんがりぶりやスマートな体つき、顔の三分の一ほどのしめる勢いの大きな目には熱い闘志が宿りそうな雰囲気があって惹かれた。まさしく戦隊ヒーローでいうパープルのような佇まいである。

 しかしどんどん盛り上がってきた私とは裏腹に、彼はちょうど熱が冷めてきたようで、やっぱり鮎だな、という言葉だけ返ってきた。私のかますへのラブコールなんぞどうでもいいようだ。

 人間の容姿について話すのは苦手だが、魚には容赦なしにズケズケコメントしてしまう私が、いかに小心者であるか再確認したのだった。女子会でみんなはこんなにも楽しい思いをしていたのかと、少し悔しい気持ちである。

 私と彼は、散々いやらしい目で眺めた鮮魚コーナーから離れ、豚挽肉をカゴに入れ、レジに向かった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?