かつてこうしてVに付け込まれた

 バーチャルライバーにガンハマりした。これはとにかく甚大なトピックで、劇物だった。一応、バーチャルYoutuberとは区別する。活動の主体が生放送か動画か、という素朴な区分け。ほぼほぼ99%「にじさんじ」なので了承ください。敬称略だったり略じゃなかったりする。

 前回の記事でちらとほのめかしてはきたが、僕はワナビで、小説家養成学校に通っていた(いる?)のだが、2017年はメンタルが酷かった。自分の実力には光明が見えず、同期の熱量は生ぬるく、講師はイキリ散らかしてくるし(僻みかも知れない、一応)、本が好きだとか言う安易な理由でやってた書店バイトは生々しく辛い。友達は続々と社会人になっていく。鬱病になれたら諸々放り出せる正当な理由になるのに、とか恐ろしく不謹慎なことを考えていた。先日、去年の年始のたなくじの結果を見ようと画像フォルダを遡ったら、発達障害診断の結果とか心療内科の探し方のスクショが出てきてめっちゃ焦った。
 そんな感じで、巨匠にならんと意気込んで学校に入った二年間が、新人賞の一次審査通過者に自分の名前が載ったのを見ることがないまま終了する。バイトも区切りをつけねばと、先行きも見えないまま辞める旨を先方に伝える。
 2018年の2月とは、僕にとってそういう感じの月だった。
 注釈として、これは「ハッピーエンドは喉に詰まる」という曲を制作していた時期にあたる。

 なんというか、メンタリティが透けて見える。ちなみに、クレジットにOriginal Work(原作)とあるが、同名の小説を書いていて、電撃大賞に応募したが、箸にも棒にもかからなかったという後日談がある。

 二月の終わりくらいに、ニコニコ動画のトップで気になるブログエントリーを見つけた。委細は忘れたが「月ノ美兎というやべえやつがいる!」みたいな感じだった。そこには「赤子の拳」「ムカデ人間」「視聴者捨ててクソゲー取った」「わたくしで隠さなきゃ」などといった、今ではもはや桃太郎レベルで語り継がれる鉄板エピソードだが、当時はまだ印刷されたてほやほやのコピー紙のような新鮮さで書かれていた。
 文字で見ただけでももう普通に面白いと思ったのですぐ検索し、すでにpart2まであった「10分でわかる月ノ美兎」を見た。めっちゃ笑った。もっと見せろやと、それまでの動画を遡っていった。二日酔いで動けない時に、アーカイブを垂れ流しにしてずっと臥せてたりしていた。多分、ホワイトデーまでにあらかた見終えた気がする。
 しかし、そこで終わらせないのがにじさんじというグループなのであった。その搦め手の恐ろしさに気づいたのは、もう少し後、樋口楓(でろーん)のマビノギ配信に月ノ美兎(委員長)が呼ばれた回のアーカイブのこのやり取りを目撃した時である。
 なんやこれめっちゃかわええやんこんなん、と思った。
 僕は単に面白いと思ったから興味を思ったのだが、そこにcuteがカチあってしまったのである。のじゃロリおじさん以降、アバターの可愛さをギャグとして見ていた僕は、なんと今更のように、その本来性を取得し直したのだ。これは、今日一般にてぇてみと言われることが多い感情である。その体験から備給されるkawaii拝みたさに、今度はコラボ動画を漁る毎日が始まる。芋づる式に新たなライバーを開拓していく。
 今思えば、本当に単なる現実逃避だったかも知れない。というか、まさしくそうである。学校はなくなり、バイトも辞め、親に翌日の予定を聞かれて「何もない」と答える毎日だった。突然湧いた時間の使い道には、びっくりするほどうってつけだったのだ。

 そういうわけで、にじさんじ台頭の時期を過ごしていく。JK組ホワイトデー、委員長の10万人達成とかその辺。二期生が次々登場して「こんなにたくさんいるのにまだ増えるのか……」と愕然とした記憶がある。

 3/12にiruさんの「Moon!!」が投稿される。

 とんでもねえ大事件であった。
 Vの者のファンアートはイラストが大半で、それも本人が巡回してリツイートするようなものはすさまじいクオリティのものばかり。ちょびっとDTMができるだけの物書き一兵卒が何かものして良いなどという、発想がそもそもなかった。
 だけど、「Moon!!」が公開されてその意識が変わった。怒涛のように続々と投稿されていくイメソンの数々……その流れの中にあって、徐々に「やってもいいんだ!」と思えるようになっていった。
 そういうわけで、遅れること一週間半、エルフのえるちゃんリミックスの「イキリエルフフォレストファイアーエレクトロ」を作ったのだった。

 この告知ツイートの素朴さを見ればわかる通り、正直言って、なんでこんなものを作ってしまったのかわからなかった。自分の中で徹底的に下がったハードルと、勢いだけの代物である。ブレイクを作っているときの虚無感が結構すごかったのを覚えている。
 それでも公開に至れたのは、エルフのえるという人の底力に他ならない。当時のえるちゃんはミラティブでの活動がメインで、Youtubeにはミラティブのアーカイブが投稿されているだけだった。コメントもなく、えるちゃんが立ち絵でひたすら喋っているだけなのだが、13個くらいあったアーカイブを全部消化した。そのくらい面白かったのだ。
 そのファンアートを何としても作りたい(あわよくば認知されたい)という一心だった。
 結果的にこの曲は、えるちゃんに認知されたのかどうかはわからないけど、ありがたいことに、僕の人生の中で最大の反響を得たのだった。視聴者諸賢の寛容さ、暖かさを知るとともに、自分もこういう形で応援することができるんだ、という大きな自信になった。カッコ悪く言えば、お先真っ暗感の中でズブズブしていた自分を、明るい方へ承認することができるようになったのだ。

 これ以降、配信を追いながら、不定期にイメージソング作りをするようになった。以下が作ったものになる。わかりやすいことに推しの一覧にも代わる(無論、まだまだ他にも好きな人はいくらでもいるが)。

 あるあるだと思うが、作っている最中はその人のことを考えすぎてしまうので、メンヘラのようになる。一曲として適当に作ったものはない(というか原理的に適当に作ることは不可能である)。出来上がったものへ本人のいいねがつくと、それだけで目を固くつむり、万物に感謝をする。配信で流したり、歌ってくれた日には、嬉しすぎて体が震えだす。彼ら彼女らの脳細胞の組成を、自らの創作物によって変えてしまったという喜びと恐ろしさと何かが、暴れるという形で現れる。
 同じリスナーの方々から頂く反応も、毎度、お前あの人はこんなんじゃねえよオイコラ!と怒鳴られないかと冷や冷やしている分、とても嬉しい。この場を借りて、いつもありがとうございます、と言いたい。言えた。

 というわけで、バーチャルライバーに関わる個人的な概略という感じになった。具体的なここー好きエピソードはいくらでもある。現在進行形で増えている。それを語りたいエネルギーが閾値に達したら、今後書く機会があるような気がする。それは追々。

 完全な閑話、家長むぎの初配信に衝撃を受け「家長むぎはやばい! 楽器を性的に見る中学生だ! 配信を見ろ!」と力説して、にじさんじ沼に引きずり込んだ後輩がいるのだが、それが今では剣持刀也と切り離して考えることのできない名曲「Sharpness...」のジャズアレンジを作ったsuikoである。

 あの顎は、僕がいなければ、やっているラジオ企画のジングルも流せなかったのだ……と心の中で密かにイキっている。イキり心はたまにこうして、表に出ることもある。

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