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ママさんバレーボールに素足で参加する青年③

 いよいよコートに入っての練習が始まった。僕はおそるおそる素足で体育館の床に引かれたラインを踏み越え、コートの中に入った。僕はネット際のポジションを与えられた。相手側のボールをブロックし、アタックで相手側のコートにボールを叩き込む役割だ。僕は正直、バレーボールのルールをよくわかっていなかったので、ママさんたちに言われるがまま動いた。

「ネット際、足、踏まれないようにね!裸足なんだから!」

「は、はい!」

 自分のところにボールが来たらどうしようとぎこちない動きでコートを素足で走り回る僕。僕の頭上をボールと溌剌としたママさんたちの掛け声が飛び交う。「あっ、」と僕の近くにボールがきた。落ちてくる。どうしよう、そう思っていたら、横にいたママさんが膝を床につき見事レシーブした。ものすごく太い腿、厚底のシューズが体育館の床をぎりぎりと踏みしめる。この脚で素足を踏まれたら…と思い身震いした。

 またもや相手コートからボールが打ち込まれた。「○○くん!」と僕の名前が呼ばれたが、うまく距離感がつかめず右往左往していると、横からすっと僕の懐に入ってきた背の高いママさんとぶつかった。その瞬間、僕は「うぅ!!」と悲鳴をあげた。彼女のシューズが僕の素足を踏んでいる!足の甲と指の骨に、直に靴底の滑り止めが食い込んでくる。ひびが入ったかもしれない。そんな痛さだった。

「あ、ごめん」

 看護師をしているというその背の高いママさんは、レシーブした後に僕の素足を指差し、謝ってきた。僕は踏まれて真っ赤になって痛みに痺れている足を見ながら、ちゃんと足指が動くか試してみた。中指の戻りが遅い。大丈夫かな。ママさんは心配してしゃがむと僕の素足の指をつまみ、赤くなって皮膚がめくれた箇所をやさしく撫でた。

「ちょっと待ってて」

 そう言って鞄から絆創膏を持ってきて、僕の素足に貼ってくれた。ふと足裏を見るとかなり汚れがこびりついて黒くなり、親指の指紋がくっきりと見えた。ママさんは僕の足裏を見て、

「この体育館、学校だからきれいに掃除されてないんだよ~だから裸足だと汚れるの。次回から靴履いてきたほうがいいよ。とりあえず絆創膏貼っておいたから」

「ありがとうございました!」

「また踏んだらごめんね!」

 練習は再開された。段々とネット際の攻防が激しくなってきた。僕は素足を踏まれないように逃げまどい、何度もボールを取り損ない、その度にママさんたちから「惜しい!」「もっと腰を落として」と叱咤激励を受けた。しかし、ついに相手側コートから僕の真正面にアタックが叩き込まれようとしていた。

「前前前前!ネット際!もっと前に出て!」「ブロックして、お願い!」

 僕はこれでもかというくらいネット際に近づき、両手を頭の上に挙げた。素足の爪先がネットを越えて、少し相手側コートに入っているのが見えた。向こう側のママさんが放ったボールが僕の手のひらに当たった。やった、ブロックできた…その矢先、ネット際でジャンプしていた相手コートのママさんが、なんと僕の素足の指先の上に着地したのだ。今まで味わったことのない激しい痛みに僕は声をうしない、仰け反った。硬いシューズの底が生身の足の細胞、骨もろとも押し潰そうとしていた。素足なのに…いや、素足だから悪いのか…僕はママさんのシューズから上の白いハイソックスを履いた脚を上目遣いで眺めた。ユニフォームのハーフパンツからのぞく白い腿。どれくらい時間が経っただろうか。僕の素足を踏んだママさんがようやくシューズを履いた足を持ち上げた。自分の靴底の模様と僕の素足にできた残酷な痕跡を交互に見比べ、「裸足のあんたが悪いのよ」とでも言いたげに、勝ち誇ったような表情をした。

「だから言ったでしょ!!ネット際は足踏まれるって!!いったい誰よ?こんな裸足の彼をブロックに立たせたのは!!」

「だいたいさあ、私たち女の神聖なコートに、この子みたいな、どこの馬の骨かわからない男が汚い裸足で足を踏み入れるってどうなのよ?おかしいでしょ!」

「そうね。ママさんバレーボールチームの私たちがゴツいシューズ履いているの知ってて、あえて練習に裸足で来たんですもの。それなりの覚悟はできてるってことでしょ」

「お仕置きしてやらなきゃね」

「空手で足裏を鍛えているんですってね。どこまで耐えられるか、楽しみね」

「私たち子供を産んだ女の足腰の強さを甘く見ないほうがいいわよ」

「とりあえずそこに正座して。足裏が私たちに見えるように」

 僕は爪が割れ、出血した足で正座し、ママさんたちに足裏を晒した。足裏は真っ黒に汚れている。親指から流れた血が体育館の床に赤い筋を引いた。

「うわあ、きったない足裏。体育館を裸足で動き回るとこんなに汚くなるのね。じゃあ、そろそろはじめましょうか」

つづく

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