巧妙な教え
鈴木さんは毎週土曜日の午後一時に家に来るようになっていた。
午前中は学校だったので、下校するとすぐに自分のお昼ご飯を食べ、すぐに自分の部屋に向かった。
二千円で買った聖書と聖書に基づく出版物から質問と答えで学んでいくのである。文章をしっかりと読んで、それについて説明されている聖書の言葉を書き出しておかなくてはいけない。
正しく答えると鈴木さんは喜んでくれる。学校の勉強よりも聖書の勉強の方がためになるのではないかと、私は頑張って予習をした。
母親は今日もまた来るの? と少し不満顔で言ったが、私は好奇心以上に聖書は正しいと信じてしまっていたので、そそくさと部屋に入り、鈴木さんを待った。
本に書いてある文章を読む。キレイな挿絵がそれをわかりやすくしていて飽きないと思った。
一章ではいきなり、「楽園」というワードがいくつもある。
あゆみちゃんの家で読んだ絵本と同じイラスト。私はやはり近い将来、地球全体が楽園に変えられるのだと確信してしまう。
「思慮深い人だけが見出せる真理」だと鈴木さんは笑顔で言う。自分は思慮深く、神様に選ばれた人間だと思うようになる。
目に見えない物を信じられる心が信仰心だと勘違いしてしまう。
『聖書全体は神の霊感を受けていて教え、戒め、訓戒するのに有益』だという聖書の言葉までも信じてしまう。
神様って本当にいるんだという単純な思考は、幼い頃変わった子供だと馬鹿にされた記憶を消して、むしろ賢く純粋な人間だと思わせてくれる。
「真理を知ることは類稀な特権である」と鈴木さんは強調した。
研究の前の祈りの中でも、神さまの名前を出して祈る。そして延々と学ぶ事の益を感謝し、イエス様に近ずくようにも唱える。
今思えば、この研究の前後に行われる祈りも見事なマインドコントロールだったと思う。鈴木さんは私の名前を祈りの中でも出し、私の上に聖霊が注がれるように言った。何も怖いとは感じない。ただ神に近づけることが嬉しかった。
神と悪霊に違いなど分からない愚かな少女は、本当に唯一神に出会えた奇跡を喜んだ。
神様にとっていい人間は生かされ、悪い人間だけが滅ぼされる。選民意識を強く植え付けられる研究が進む。私はもう舞い上がった。必ず生き残る側の人間になれたのだと、神に感謝した。
と、同時にエホバの証人にとって要となる教えがある。それは二章ですぐに教えられた。
聖書の研究を始めると必ず反対が起きるので、迷わされず、信仰を持って立ち向かうように励まされるのだ。
反対は一番身近な家族から起きる、そしてそれを手伝っているのは悪魔であるという事だ。私も三週間目くらいで、親からの反対を受けた。
これがいけない。冷静に考えれば、愛する我が子が変な宗教に惑わされると思えば、親は反対するであろう。妻がそうであれば夫が反対する。
しかし、先に反対がある事を教えられているので、見事に真理だと思わされてしまう。悪魔サタンの仕業だ、邪魔だと焦って真理だと確信してしまう。
ここがカルトと言われる所以だが、その時点でそのトリックに気がつく人間は少ないのだと思う。
アダムとエバをたぶらかした悪魔が、今度は自分も神から引き離していると信じているので、なかなか理性では考えられない。
教える側もそうであって、ほら悪魔の邪魔が入ったと自分自身の信仰も強めてしまうのである。組織側の人間さえ、自分が嘘をつき騙しているとは一ミリも疑わないのである。ここが恐ろしさだと今ならば気がつくのだ。
私の場合も、鈴木さんはこれは必ず起きる事だから神様に頼って、克服しましょうと鼓舞してきた。親の反対に勝つことが、自分に与えらた試練だと思い込まされた。
親族の反対のほかに、信仰を弱くする物としていくつかあげられていた。
物質主義、異性、高等教育、アイドル、自分自身の弱さなどである。生活していれば訪れる自然な欲求を全て悪とし、全てサタンの罠だと教えられたら、純粋で真面目である人ほど、戦う。一つ一つ乗り超えると褒められるので、どんどん深みにハマっていくのだと思う。
これが巧妙な教えであってマインドコントロールの下地だと思った。
そのほかにも、まだカルト宗教に夢中にさせる要素があるので、次回伝えたいと思う。
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