とっといたって仕方ないじゃん
自分の中の常識が覆される瞬間はきもちいい。
え、そんなことしちゃうの?
それ、ありなの?
そんな考え方あるんだ?
と気が付くことで、世界が広がっていく。
常識に縛られていたと思い知ることができる。
昔勤めていた会社の上司がとても素敵な女性で。
部下のやりたいようにやらせてくれて、ミスがあったらカバーしてくれるような、懐の深い人だった。
上司と、私と、もう一人の社員と、三人で打ち合わせをしていたときのこと。
皆でアイデアを出す際に、私がA4の紙に書き出していた。シャープペンシルで。
じゃあ、こういうの、どうですかね?
とか言って新しい案が出て、書いて。
あ、やっぱりここは、この方が良いか。
と、消しゴムを使いたいタイミングで、三人とも手元に消しゴムがなかった。
私が消しゴムを取りに席に戻ろうとしていると、その上司は、自分が使っていたシャープペンシルのフタを外して、付属の小さな消しゴムで豪快に一行分を消した。
えっ!
私が思わず声を出すと、
上司は
え?
とキョトンとしていた。
シャープペンシルに付いている消しゴムは、使うと汚れるし、減ってしまうのも嫌で、私の中で使うという発想がなかった。
消しゴムが減ると、シャープペンシルが存在として完璧ではなくなる気がして。
最悪、使うとしても句読点を消すくらいの心づもりだった。
なので、上司が躊躇なくゴシゴシ消すのを見て驚いた。
上司にとっては、それが当然の行為だったから、驚かれて驚いていた。
「とっといたって仕方ないじゃん」
と言っていた。
「いやあ、そうですよね」
使わずにいた自分が、ケチで小さな人間に思えた。
使って良いんだなあ、と、新しい扉が開いた瞬間だ。
今でも、シャープペンシルの消しゴムを使うときには、この上司のことを思い出す。
私はまだ、書き損じの一文字を消すくらいの器しかないけれど、いつか豪快に何行も消せるようになりたい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?