家系図を作ってみた話

昨日の祖父の話から引き続き。

去年の夏。祖父の初盆で実家に帰省したときに、戸籍を見る機会があった。
もろもろの手続きで必要になったらしく父親が戸籍をさかのぼって取れるだけ取ってみたらしい。

というわけで、暇だったのでそれをもとに家系図を作ってみた。

これが結構ややこしい。
昔の戸籍は手書き。漢字とカタカナ!
世帯主を中心に書かれているので、世帯主が変わると関係がとても分かりづらい。

3時間くらいくらいかかった。

まず、うちは田舎なので親戚関係が横も縦もつながりが長い。
本家と分家の関係が一応残っていて、自分も子供のころからそれが当たり前だと思っていた。
そういうものは葬式のときに顕著に表れる。葬式の席順は本家の人が一番エライ席に座る。
おじいちゃんもおばあちゃんも兄弟がたくさんいるので、葬式となるとすごい人数がくる。
そして、誰が誰だか分からない…。(向こうは私を知っている)

うちは分家だが、本家とは苗字が違う。
そこが不思議で昔祖母に聞いたことがあった。

何代か前に子供のいない家に、本家から養子に入って分かれたためらしい。
なんかハッキリしなくて、もやっとしていた部分だったが家系図を紐解いて正確に分かった。

確かに本家から養子に入っている。しかも2回。
つまり、今自分が名乗っているこの苗字の血は一滴も流れていない…

どうやら昔は子供を戦争に取られないように(昭和以前の話)、子供を養子に出してその家の長男にしていたんじゃないかと言っていた。

一番衝撃だったのは、ひいばあさんが後妻だったこと。
えっ!おじいちゃんに腹違いの兄弟がいるかもしれないってこと?!

と思ってそのあたりの入籍・除籍関係を見てみると、割と短いスパンで入籍⇒除籍⇒入籍が行われていて、
…ひいじいさんってだらしない人???って勘違いしそうになる感じだったのだが、それって現代人の感覚で…

どうやら前妻は、子供ができなかったから離縁されて返されたらしい。
で次に私のひいばあさんと籍を入れるのだが、なんと入籍日がおじいちゃんが生まれる2日前!!

確実に跡継ぎが生まれるのが分かってから入籍してて、昔の人ってシビアだなぁ~と思ったのでした。(←大正時代)
血をつないでいくのが、重要で当たり前だったんだね。

残念ながら私は相手もおりませんし年齢も年齢なので子孫は残せません(多分)が、弟に男の子が2人いるのでそちらに任せるとしよう。

一番古い記録は江戸末期に近いところ、苗字がない名前が最初だった。
でも血縁で調べるなら本家のほうを遡らないといけないけど、さすがに無理。

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