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ハンディキャップマッチ。

ドリルです。


僕は 昔よく食べました。

今は だいぶん食べるのが減りました。

帰りに せいぜいファミチキを一個か二個食べるくらいです。


でも、20代ソコソコの時は よく大食いチャレンジなどしてました。

今 思うとホント 馬鹿な事をしていたなと思います。


そんな20代ソコソコの時に 友達とご飯を食べに行った時の話です。








その日は、ウッチーコジヤンと僕の3人で 

遊んでいて帰りに、

『ご飯を食べに行こう!』

という事になりました。


「なぁ、何食べる?」


コジヤンが2人に聞く。


「回転寿司いかへん?」


ウッチーが提案する。


「あぁ、いいなぁ。

 でも、普通に食べても面白く無いし

 誰が一番食べるか……

 勝負せぇへん?」


そう僕が 言うと2人は、

「いやいやいや、絶対 お前勝つやんか!

  勝負ならへんわ!」





「う〜ん……ほな、ハンディキャップマッチにする?」


『ハンディキャップマッチ?』


「そう!僕、ドリルvsコジヤン・ウッチーチーム

 で どう?」


「ハハッ……ドリル。

  いくら何でも2人がかりやったら勝てるで!」



「よし!ほな、

  『負けた方が 勝った方の飯 奢る』

 ってことでいいな?」



「OK!

 コジヤン!

 俺たちを甘く見てるドリルを倒そうぜ!」



……斯くして 闘いの火蓋は 切られた!


戦いの場所は 布施のビブレの一階にある 

『元禄寿司』


そう!

全ての回転寿司がここからはじまった!


大阪の吹田にある アサヒビール工場で

ベルトコンベアの上で

充填されていくビールを

元禄寿司の創立者 白石さんが見学して

回転寿司のアイデアが生まれる。

試行錯誤の上 

ベルトコンベア旋回式の食事台を完成させる。

そして、昭和33年4月 大阪府東大阪市の布施で

「廻る元禄寿司1号店」

をオープンさせた!

そう……日本で初めて回転寿司というものを世に出した

回転寿司発祥の店


それが 『元禄寿司 布石店』………。




そんな 店で まず始めに

僕が食べるのが 

牛カルビだ。


理由は 魚より牛が好きだから。


コジヤンとウッチーも 次々と お寿司を平らげていく。


僕もひたすら 牛カルビを食べる。


焼肉屋に行った方が よかったんじゃないか?


と、途中 何度か思ったが 牛カルビを食べる!


丁度 僕が20皿辺りで コジヤンが、


「もう 食われへん!」


と、弱音を吐きはじめた。


見るとまだ15皿程だ……


ウッチーは まだ僕と同じペースで食べる。


だが 25皿を越えた辺りで 

ウッチーのペースが落ち始めた。


僕も さすがに牛カルビが飽きてきたので

 味変を試みる。


皿の差は 15皿……


ここから 僕がラストスパートをかける!!


ウッチーを引き離すべく 一気に40皿まで平らげる!


うっちーもジワジワと追い上げてくる。


コジヤンもなんとか食らいついてくる!


そして、同時に46皿でストップする!


僕が 一皿取ると、

コジヤンとウッチーが 一皿ずつ取る。


「ハハッ、ドリル…これで 俺らが一皿リードや!」



「いや…まだ 同皿やで。」


僕もソロソロ限界だが もう一皿取る。


「やめとけ…

 お前が一皿取れば 

 俺も一皿取る……

 この差は 埋められへんねん。」


そう言って ウッチーが もう一皿取った。


「それは……どうかなぁぁあ!」


僕は 最後の力を振り絞って

49皿目の牛カルビを取った!



「無駄やと言ってるやろうガァあああ!!」


ウッチーが やはりもう一皿取る!!





ダメだ……モウ限界だ。



牛には悪いが モウ 牛カルビは 見たくない………。



この フモウな争いは なんだ………



モウやめよう……







「………ギブアップだ。」




僕は 負けた……。



「フハハッ!!だから、言ったやろ 2対1じゃ勝たれへ……へ………ウ、うぇぇええ〜……」






ウッチーは 吐いた。

回転寿司発祥の地で吐いた。

めちゃくちゃ 吐いた。



この話の本当度 90%

この後 僕が先に「ギブアップ」と言ったので

僕の負けとなり

99皿分


約1万3千円程払いました。


高いよ回転寿司!!



サポートとは?・・・データマイニングの際の、相関分析の指標のひとつで、ある関連購買における支持率を表す。たとえば砂糖について卵の関連購買でサポートが20%の場合、砂糖と卵を一緒に購入する顧客が顧客全体の20%という意味である。 要するに心から嬉しいということでです!