欲と願いと欠けた夢

intro

第1節 『欲と願いと欠けた夢』

欠けた夢を見た。

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A.D.2010
人理継続保証機関 フィニス・カルデア 秘匿セクション

『では被験体████は召喚サークルへ』

機械アナウンスに促され蛍光色に発行する魔法陣の中央に足を踏み入れる。

『魔術回路励起、英霊召喚システムプロト起動。召喚開始します』

全身の血管が沸騰する様な感覚がする。

一呼吸毎に気管が焼け焦げていく感覚がする。

身悶える度に全身が裂ける感覚がする。

そういった全身の苦痛が、徐々に欠落していく恐怖に怯える。

──私は死ぬのだろうか?

『……失敗です、彼女の中に霊基は召喚されていません』

──死にたくない。私はまだ…

『被験体の長期生存も絶望的、廃棄を提案しまッ──』

アナウンスが途切れ続けて何人かのスタッフが何者かを制止しようとする声が近づいてくる。

「君たちの実験が失敗したら次は私の実験をする番だと里中君を通じて伝えておいたはずだがね」

なんとか彼を押しとどめようとする白衣のスタッフを半ば引きずる様にして一人の男性が召喚サークルの、血だまりに横たわる私の前に立った。

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第1節 『欲と願いと欠けた夢』2

「君たちの実験が失敗したら次は私の実験をする番だと里中君を通じて伝えておいたはずだがね」

そう言って現れたのは赤いスーツが特徴的な強面かつ大柄な男性だった。

その手には何故かラジカセを持っており、さらにその後ろには何か大きな箱を持った女性が控えていた。

「……トレビの泉を知っているかな?」

突然、そんな話を切り出された。

「コインを投げ込むといずれ願いが叶う、そう言う言い伝えのある泉だよ。君に願いはあるかね?」

────ッ!

振り絞る様に叫んだ。

「……あぁ、叶うさ。叶うとも!里中君!」

里中と呼ばれた女性がラジカセのスイッチを入れる、と同時に男は懐から何枚かの色とりどりのメダルを取り出し血溜まりに投げ込んだ。

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第1節 『欲と願いと欠けた夢』3

メダルが血溜まりに投げ込まれると同時に英霊召喚システムが唸りを上げて再起動し始める。

『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ』

『魔術回路励起、英霊召喚システムプロト起動』

「意識を手放さない様に、その欲望を強く持ち続けるんだ」

『閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する』

『召喚を開始します』

「欲望はあらゆる生命の原動力だ、強く願えば必ず君を生かしてくれる」

『────告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』

『アイン』

『誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天』

『ソフ』

『抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!』

『オーズ』

電子回路で構成された魔法陣が灼熱し真っ赤な警告色を発する。

その輝きが増すほどに私の体を蝕んでいた苦痛が和らいでいくのを感じていた。

『─実験に成功しました。─召喚に成功しました。』

『─実験に失敗しました。──霊基の融合が確認できません。』

『─実験に失敗しました。───霊基パターンが照合できません。』

男がアナウンスを聞きながら微笑む。

ラジカセのトラックが切り替わり場違いな音楽が流れ始め、それに合わせて男が歌いだす。

「ハッピーバースデー トゥー ユー ♪ ハッピーバースデー トゥー ユー ♪ ハッピーバースデー ディア マシュ」

いつのまにか後ろに立っていた女性が箱を開けていた。

「アーンド、グリード」

箱の中身はケーキだ、チョコレートのプレートには『Happy birthday Mash & GREEED !!』と書かれている。

「ハッピーバースデー トゥー ユー…素晴らしいッ!」

そんな感極まった様な叫びを聞きながら私の意識は落ちていった。


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そんな欠けた夢をみた。

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第2節 『出会いと写真と奇妙な既視感』

「フォウ……?キュウ……キュウ?」

【ん……】

「フォウ!フー、フォーウ!」

【……フォウ君?】

「おや、お目覚めですか先輩。どう声をかけようか迷っていたので自発的に目覚めてくれて助かりました」

【君は……?】

目を覚ますと見知らぬ少女が居た。
薄紫のショートヘアー、その前髪だけが金色で右目を隠す様に流れている。
見えている左眼は炎の様な紅い色をしていてこちらの姿を鏡のように映していた。

「いきなり難しい質問なので、返答に困ります」

成る程、その表情は確かに困っている様だ。

……以前にもこんなやり取りをした様な記憶がある。

「ああ、そこに居たのかマシュ。だめだぞ、断りもなく移動してはいけないと」

「いやいやレフ君。マシュ君もそろそろ一人前だ、自分が望むことを自分の判断でやらせるのも大事ではないかね?」

「そうもいかない、マシュはまだ…おっと、先客がいたんだな」

「ふむ、今日から配属の新人君か。新しい職員の誕生という訳だ、素晴らしいッ!」

「私はレフ・ライノール。ここで働かせてもらっている技師の一人だ。こっちの煩いのは」

「鴻上 光正。ここのスポンサーをさせてもらっているよ」

「鴻上さんは私の後見人でもあるんです」

「さて、君の名前は?……ふむ、成る程。招集された48人の適正者その最後の一人というワケか」

「ところでマシュ君、なぜ彼とこんなところで話し込んでいたのかな?」

「あ、いえ。先輩がこの区画で熟睡していらしたのでつい」

「ふむ、シュミレーターで脳に負担が掛かったかな?医務室に連れて行ったほうがいいのかもしれないが…」

「ふむ、『そう』したいのなら『そう』するべきだと私は思うがね。なにせ48人のマスターはそれぞれ皆必要があって集められたのだから…レフ君も最初のレイシフトに一人でも欠けて欲しくは無いだろう?」

「……これは所長に怒られるな。不可抗力とは言え気が滅入る」

「では医務室へ案内しますね先輩!」

そうして3人に連れられ廊下を歩き始めると一人の職員とすれ違う。


「なんだ…お前も通りすがったのか」

どこかで聞いたことがある声が聞こえて振り向く。

声の主は他のスタッフに紛れてもうどこかに消えた後だった。

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