18/01/01 よもぎちゃんの事情 作:よもぎ氏

日時・12月29日〜31日
場所・いつもどおり
記録者・アルテミシア

天候、雪。

監視対象
ハニー・ベゼルお嬢様

29日
お嬢様は寒いのか室内で読書中。
Ⅱ号機が何やらアマゾネス宛に手紙の作成依頼。

30日
お嬢様もお手紙の作成を依頼、年末外に出るということはないようです。
Ⅱ号機はせっせと館内の掃除、ついでにカメラの掃除もしてくれたので助かった。

31日
午前中にお嬢様が風邪をひいたため、食事以外はほぼ自室での療養。
熱で頭がぼけたお嬢様が抱きつき、「ハ、ハニー」「シュガーコート」「ハニー…」「愛しのシュガー!」と互いを呼び合い照れあい抱き合いながらイチャつき談笑の後就寝、年の終わりも大変おアツい。

以上、今年分の記録終わり。
1月4日まで休暇をいただきます。

なんでわたしはこんなチマッとしたボロ家であの2人のイチャつきを、年末年始で賑わう街道を背にずっと覗き見しているのか。
罪悪感とちょっとの憧憬、溜息。
不器用で全然進展しない関係を引きこもってぼんやりと監視しながら、上司に向けた日課の報告書(レポート)を作成したところだった。
送信完了、端末を閉じ、シャワーを浴びに脱衣所へ。
「いやほんとさー」
ボロボロのシャワールームでひとりぼやく。
すごい甘々だし全然進展はないかと思ったら急激にお互いを意識してはちょっと離れてでほんと見ていてムズムズするし介入してくっつかせてやろうかってのほんと。
お嬢様が気持ちを伝えるたびに人心回路が気付いてないフリしてるのか、感情を処理しきれてないのか、はたまた恥ずかしいのか、Ⅱ号機の方は必死に「好き」を隠しているし、計器はしっかり反応してんだけどなあ、それを伝えたら…というか、今は半ば黙認されてるだけで、姿を現した時点で撃たれそうだからやらないけど。
昨夜のやり取りなんか、
「お嬢様、もう就寝時間です。ちなみに5分おきで既に3度目です。あと2度で強制就寝を実行します」
強制就寝って何。
「ああもう、わかっているわ…でもねシュガー、今とっても良いところなのよ。囚われのお姫様の元へかっこいい王子様が現れて…そうだ、あなたが読んでくださいな?そうしたら私が読む必要がないのだもの、きっと眠れるわ」
ああーお嬢様照れてる、良いよそれ良い、王子様はⅡ号機ちゃんだねホラはやく期待に応えてあげて、それはともかく強制就寝とは?

「はあ…わかりました。では本をこちらへ。えー…『姫よ、どうか問わせてほしい。あなたが私の運命だというなら…』」
そこで淡々と読むかこやつ、もっとお嬢様を想ってだな…思い出しただけで手足が引っ込んでしまった、いつもはこんなことないんだけど。
ちなみにこのあとお嬢様が思い付きでお姫様役をやって、Ⅱ号機それに付き合わされ…という即興劇が始まる。
Ⅱ号機も満更でもないらしく主人に熱あるのに1時間付き合う、お嬢様倒れる、つきっきりの看病、「あなたの体は優しい冷たさね」、表情に変化はないがなぜか動揺しまくってることに動揺しまくってるⅡ号機、見ていてとても面白い。
なお、強制就寝は見れなかった、気になりすぎてしばらく頭に残るぞこれ。
ぼんやりとお湯を浴びながら、その流れに視線を委ねてふと下を見ると、引っ込んだ手足が血管から順にじわじわと戻りつつあった。
わたしは母から透明人間の血を引いている。
誰からも視認されないような、完全な透明人間にはなれないし、かといって制御もできない半端者。
日常生活でもちょっとビックリしたりストレスが溜まり脳に負荷がかかると、その度合いに応じて脚、腕、胴、頭、の順で「体が引っ込む」。
足が引っ込んでも胴体は浮いてるし、特に問題なく物を持ったりとか走ったりとかもできるので日常に支障はない。
が、やはり気味悪がられるし実際虐められた。
そんな時先生に拾われたわけだが…。
わたしのご先祖は透明人間というか怪物の類なんじゃないだろうか、などとたまに思う。
「消える」ではなく「引っ込む」という表現なのは、わたしの「透明」は「体が消える」のではなく「体のパーツがどこか別の場所へ飛ばされる」というモノだからだ。
つまり消えた手足の感触はあるのだがこの場にない。
何が起きているかは不明、先生の知り合いの高名な医者に見せたけど例がないとかで、ストレステストとかでようやく過度の脳負荷が原因であると突き止めたくらいだ。
今はレベル2、右手と左足が凍るような冷たさを訴えている。
感触は消えつつある…深海か、もしくは宇宙にでも出たのだろう、他の部位が熱湯に触れた感覚と混ざって狂いそうだ。
ちなみにここで怪我をしても痛みが伝わるだけでこちらの肉体には影響がない。
いや、一度はあった。

頭が半分「出た」先、何かに掴まれて引きちぎられた左目はそのまま戻らず、血も出ない、痛みもしないでそのまま消えてしまった。
鏡の中の自分の顔──ひと目でそれとはわからない義眼の左目を見る。
最近だと何度か灼熱の中へ飛ばされたことがあったが、一瞬で感覚が消失した(ついでに気絶した)ので、まあ、基本的に、物理的には影響はない、痛いけど。
お湯を止めて脱衣所へ戻る。
今は中程度のストレス、ガス抜きが必要な段階だ、狭い部屋にこもってるのだし仕方ないけれど。
「全部引っ込む」とどうなるかは、わからない。
行き先が悪かったらたぶん死ぬんじゃないかなー。
ガサゴソと頭を拭く。

ピピピー。
ピピピー。

部屋から電子音。
わかってますよー今行きますって。
下着とシャツだけでめちゃくちゃ寒い部屋に戻る、節電なんかせず暖房付けとくんだった…。
わたしは監視を任されてはいるが、宅配屋という体で定期的にあの2人へ食料を差し入れする役割も担っている。
もちろんどちらも(お嬢様には)知られてはならない仕事だ。
Ⅱ号機にはバレてるだろうなあ、というか今回は監視用のカメラのレンズとか掃除されてたし特に気にした風じゃなかったし絶対気付かれてるよね、やだなあ。
見逃されてるのか泳がされてるのか…まあ、その辺りはわたしの考えることではない。
監視を左の眼窩に埋め込まれた便利機械の内蔵モニターに切り替え、クローゼットを開けて外出の支度をする。
冬はこの忌まわしい身体を丈の長さで隠せるから好きだ。
もっともそのシャツは背中に「Amazones」という文字と共にトゲトゲの鉄球?がでっかく描かれているダサダサのダサーッな代物なのだが。
これでも数年で世界のインフラを牛耳った、今一番勢いのある大企業である、ロゴはダサいが。
喉の奥に変声用の特殊なフィルタをはめ、マスクをする。
「あー、『あー、信頼と実績、速さのアマゾネスドットコムです、マッスルイノベーション!「ア」は禁句!よし』」
社長の意向で設定されたらしいやけに太い女の声が出てきた。
正直嫌なのだが必要な措置だ、アマゾネスなのにアは禁句、わからん。
手袋をして帽子を被り、業務用の靴を履いて部屋からガレージへ。

っと、忘れるところだった。
安っぽい注文印刷の手紙を2通、宛先の人物の両親から送られた封筒がひとつ。
実際に安物のその手紙は、しかし送る相手への愛が確かにこもっていた。
年始に親しい相手と手紙を交換する、という異国の文化に準拠したものらしい、社長がイノベ!と叫びながらウチのサービスに取り入れた。
それぞれ宛名が互いを書き記しているそれを見て思わず小さな笑みがこぼれる、本当に不器用な主従だ。
わたしにできる数少ない仕事。
あの2人の生活をサポートし、根を回して危機を未然に防ぎ、お嬢様が誰かと接することで「もしも」が起きたのなら治療する。
「お嬢様」の何代も前に生まれたお嬢様と全く同じ症状の、双子のご先祖様。
お互いに補完しあうその姉妹の片割れ、「生きた血清」の血筋がわたしの父の家系だ。
お嬢様自身が周囲へ発する毒を和らげ…とはいかず、毒に侵されてしまった人へ血液を分け与え…という形で治療を行う。
あの猛毒を纏った彼女と性質はぴったりかみ合っているわたしだが、お嬢様の方と顔を合わせたことは一度もないし、合わせるつもりもない。
世間一般の方とお嬢様接するにあたって、お嬢様の毒からその人たちを助け、かつ日常でお嬢様をお世話する、というのが本来わたしの使命であったのだが、今代はⅡ号機がいるのでわたしは「もしも」に備えている、という形だ。
もちろんお嬢様は知らない、わたしが生まれる前に決まったことだ、Ⅱ号機は…知っているかはよくわからない。
ただ…本音を言うと、ちょっと嫉妬している。
透明な体、機械の体、明確に愛されている彼女、誰とも接しないわたし。
役割を奪われたという意識はない。
ただ、小さい寂しさで胸が痛む。
ても、応援しているあの2人の邪魔をしたくない、という気持ちは本物だ。
これはこれで嬉しいのだ、本当に。
猛毒纏った美少女と機械少女の不器用ながらもちょっとずつ進展していく関係を眺めてお金もらえる生活ですよそのお金も贈り物に変えられるんですよ最高では?
素が出てしまった。
先ほどまでの憂鬱は何処へやら、お嬢様を一目生で見れたらいいな、などと思いながら。
あり得ないとわかっていながら、送り主不明のサプライズの「おせち」なるご馳走──これもまたイノベ!である──と、大切な大切なお手紙を小さなトラックに載せて、屋敷への道を走り出した。

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