【連載中】よもぎ様から夜伽の手ほどきを受けるはちみつちゃん

【1】

 白い。シンプルながら繊細に編まれたレース、それを贅沢にあしらった下着と、そこから、細くまっすぐに伸びる両足……よもぎの視線を恥じらって俯いた、その頬だけが紅い。
「……よもぎ様。あの、あまり……」
 消え入るような声に、よもぎは慌てて目を逸らした。そしてすぐに頭を抱える。
 見ないわけにはいかないのだ。むしろ、これからもっとあからさまなところを見ようとしている。
「ええと、はちみつちゃん……」
「はい」
「その、念のためもう一回確認というか、覚悟、いやあの……本当に、ええと……その、あー」
「はい」
「……いいの?」
「はい」
 蜂蜜色の瞳は潤んで、今にも涙がこぼれそうで、私は恐ろしくてならなかった。
 このちっちゃな、華奢な、かわいらしい普通の女の子が、どれほどの覚悟でこの部屋のドアを叩いたのか想像もつかないから。

「不束者ですが……どうか私に、夜伽の手ほどきをお願いいたします、よもぎ様」

 ◆ ◆

 痛いのだと少女は泣いた。
 好きなのに、大好きなのに……深くまで触ると、痛くてたまらないのだと。
 鋼鉄の指に髪を梳かれて、銀色の胸に身をもたれさせて、冷たい金属の足を絡めていると、本当に幸せなのに、それ以上がどうしてもできない。
 最愛のひとに自分自身の身体の奥深くまで触ってほしい、そして相手にもその身体をゆだねてもらいたいという、恋する少女なら誰だってあたりまえに持って当然の欲望が、はちみつちゃんを苦しめていた。

「私がいけないのです、に、人間にちゃんと触ったこともろくにないくせに、Ⅱ号機にわがままを言って、困らせて」
 ぼろぼろと頬を濡らしながらもその瞳は綺麗な色のままで、その体液が毒性を持つとは今でもにわかに信じがたい。けれど、その厄介な体質の問題さえなければ、私なんかにこうして相談に来るはめにならなかっただろう。

【2】

 恥ずかしさといたたまれなさと、口惜しさと悲しさと、形容のしようもない感情の波を毒の涙として零しながら、彼女は言った。
「いけないと、分かっているのに……触りたい、繋がりたいと……思って……」
「うん、わかる、わかるよ」
「い、痛くて、声を出さないようにしようと思っても、うまくいかなくて、気付かれてしまうのです、Ⅱ号機を嫌な気持ちにさせてしまうのです、わた、私はそんなこと」
「うん、うん」
 バカのように相槌をうち、肉の薄い背をゆっくりと撫でさすり、私はこんなときに言える気の利いたアドバイスの持ち合わせもない。
「気持ちよく、なってほしいのに、なりたいのに……私の身体が、だめなんです……」
「わかるよ」
 心から言った。わかるよ。毒の身体の苦しみはわからなくても、鋼と交わる痛みはわからなくても、苦しくて息ができないほど好きなひとに触りたい気持ちなら、私にだってわかる。女だから。
 はちみつちゃんほどじゃないけど私も珍しい体質だから、それが簡単にできない面倒くささもちょっとわかる。
「だから、はちみつちゃんも魔嬢も何にも悪くないってこともわかるよ」
 私の言葉に、涙はいっそう大きな粒になって溢れた。この屋敷にお世話になってそこそこ長いけれど、彼女がこんなにも取り乱すところを初めて見た。
 こうして打ち明けるまで、どれだけの夜を一人きりで悩んできたのだろう。

 私は震える小さな身体を精一杯やさしく抱きしめて、そしてできるだけ軽薄な声を作って言った。
「それにねえ、身体自体が全然ダメなんてことは実はあんまりないんだよ。こういうのはね、気持ちと環境が実は七割くらいでね、緊張とか不安で焦っちゃってうまくいかないことなんて、普通のひとにもよくあって……なんなら私と練習してみる? なんてね! でもそうやって気楽に、できるとこまでくらいでいいやーって感じの方が、かえって」
「……練習?」
「うん?」
 はちみつちゃんはいつの間にか泣き止んでいた。
 そして彼女がふたたび顔を上げたとき――私は彼女の真剣さをはかり損ねていたと思い知ったのだった。

〈続く〉

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