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#2 「お隣と住所が同じ」問題を考える

Uber Eatsが届かない

実家に帰ると、1人暮らしの母の希望でUberの宅配ピザを注文することにした。初めてのUber Eats体験である。

ところがUberアプリが示す配達予定時刻を10分過ぎても届かない。アプリは「完了」の表示になっている。アプリは「完了」になると配達員や店舗への連絡手段が消えてしまう。電話番号の表示もないので、別途調べて店舗に連絡し、「再配達」してもらえることになった。

同じ住所のお隣に届いていた

ピザを再配達してくれた配達員によると、最初は同じ「住所」のお隣に届けてしまったのだという。実は、隣家と住所(住居表示)が同じであることは認識していたのだが、苗字は違うし道路から読める表札もあるので間違うことはないだろうと考えていた。

ところが、Uberの配達員には注文者の「苗字」が知らされていなかったのである。これは想定外だった。配達員が受け取る伝票には、例えば注文者が「甲野太郎」であれば、その住所のほかには「Taro. K」というように苗字はイニシアルしか表示されない。配達員の頼りは住所だけだ(配達員のアプリ上の地図への位置表示もあるらしい) 。

お隣では、玄関に出た人が家族の誰かが注文したものと思って受け取ったそうだ。住所が同じで名前が同じなら、勘違いしてもやむを得ない。

なぜ同じ住所になった?

それにしても、なぜお隣と同じ住所なのか。実家が両隣と同じ住所になったのは「住居表示」の実施で同じ住居番号が振られたからだ。

「住居表示に関する法律」で定める「街区方式」による番号の振り方はこうである。まず道路や河川で囲まれた街区に街区番号(〇番)を振り、さらに道路などの外周を基準となる角から時計回りに10~15mごとに区切って基礎番号(〇号)を振る。そして原則として建物の玄関や出入口の一の基礎番号を、その建物の住居番号とするのである。

この方法だと、2つの建物の玄関が同じ10~15mの外周道路の区切りの中に面していれば、同じ住居番号になる。また、外周道路から街区の内側に向けての袋小路に面する建物は、袋小路の入り口を建物の玄関と見立てて、全部が同じ住居番号となる。実家は、後者のパターンで、両隣と同じ住居番号=住所にされている。

名古屋市ホームページ「同一住居番号でお困りの方へ」(URL後掲)に示す例

しかし、同一住所が複数生じることでのさまざまな問題が起きることは、住居表示を実施するときに予想できたはずだ。とくに、同じ苗字が多い地域では深刻だろう。なぜ、こんな仕組みになったのか。

問題発生は想定外?

「住居表示に関する法律」は昭和37年に施行された。従来の地番に基づく住所表示のわかりにくさを解消する方法として「ハウス・ナンバーによる住居表示」がよいとする町名地番制度審議会の答申に基づいたものだ。ハウス・ナンバーとは、米国などで建物に表示する番号で日本での表札に相当する。建物の特定が目的だから、同じ街路に同じ番号の建物はない。

では、なぜ日本では、複数の建物に同じ住居番号が振られる仕組みになってしまったのだろうか。法律制定時の国会の会議録を拾い読みしてみた。

法律案の説明では、同じ地番に多数の住居があるため住所の表示が同じになっている事態が解消される利点があげられている。しかし、反対に地番は異なるが隣接する建物に同一の住居番号が振られる可能性が生じることへの議論はみあたらない。実家の例も、もともと地番が異なっていたのに、住居表示の実施で同じ住居番号になってしまったものだ。

国会審議では、住居番号が重複するような事態は、認識していなかったようだ。関心の中心は、番号の振り方の技術的なことよりも歴史的な地名の取り扱いにあったようだ。もちろん、番号の重複を回避するというような技術的な問題は事務方の役割であり責任だ。参議院も、こんな付帯決議をしていた。

一、本事業の処理については、専門的、技術的知識を要し、また、関連して町および字の区域あるいは名称の合理化、平明化をはかるべきものであるから、臨時に所管の組織を設け、あるいは専門職員の養成配置をする等の方策を講ずる事こと。

第40回国会 参議院本会議会議録 昭和37年3月23日

住居番号の具体的な振り方は、自治省(現在の総務省)による「街区方式による住居表示の実施基準」に準じて各自治体が定めた実施基準によっている。自治省の基準は確認できなかったが、Webで公開している自治体の実施基準をいくつかみたかぎりでは、住居番号が重複する可能性によく配慮しているものは見当たらなかった 。当時の事務方も認識が抜け落ちていたのだろう。

さて、どうする

ここ数年、実施基準を改定し、申し出により住居番号が重複する場合に枝番を付けられるようにした自治体が増えてきた。実家のある自治体でもできるようだ。

○名古屋市の例「同一住居番号でお困りの方へ」(名古屋市ホームページ)
https://www.city.nagoya.jp/shisei/category/166-2-13-0-0-0-0-0-0-0.html

実家での申し出も検討してみたが、断念した。住居表示を変更(枝番の付加)すると、不動産の変更登記をはじめ電気ガス水道から銀行、カード会社まで山のような住所変更手続きが必要になるからだ。郵便局や宅配業者は住居表示の事情を熟知している。実際に問題が生じるのはUberのように単発で住所だけを頼りに配達する例外的な場合くらいだろう。

Uberには、配達先を複数要素で確認するシステムの冗長化を求められようか。カジュアルな料理の配達にそこまでの信頼性は必要ないと割り切り、その分をコスト競争力に振り向ける戦略なのかもしれない。配達員への顧客の個人情報開示を最低限にしつつデリバリー事業を実現するぎりぎりのところを狙ったシステムなのだろう。

閑話休題。

お隣からは、ピザの受け取りの間違いに気づいてお詫びの電話があり、かえって恐縮した。配達員には、猛暑の中を再配達させてしまい気の毒なことだった。先進的な経営戦略も、どこかに思わぬしわ寄せが及ぶ可能性への想像力を働かせることでより洗練されよう。


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