<創作>世にも奇妙な植物物語
1.
地球ではない、どこか遠い星で。
湖のほとりにその兄妹は住んでいた。
ヒカリ:「お兄ちゃん、またその本見てるの?」
エイ:「もう少しでわかりそうなんだ。」
ランタンの灯りが揺れる。
エイは、再び古い書物に目を落とした。
見たこともない文字で書かれたその本には、やはり見たこともない植物の絵が描かれていた。
ヒカリ:「この絵、よく見ると怖いね。植物に人間が食べられてるようにも見える。」
エイ:「…今日はもう遅い。また明日来よう。」
エイは、本をそっと閉じると温室を後にした。
古い書物は、最近温室の中で偶然見つけたものだ。いったい、誰が何のために書いたものなのか。
一見、ただの図鑑か絵日記のようにも見えるが、異様な雰囲気を放っていて気味が悪かったため、到底家に持ち帰って読む気にはなれなかった。
エイ「父さんがこの本を隠したのかな」
父は、幼い二人を置いて、ある日突然姿を消した。
2.
兄妹の仕事は、温室を守ること。
そう広くない温室には様々な花が所狭しと植えられており、見る者の心を癒していた。
温室は、代々「鍵」を受け継いだ者だけが入ることを許された。父は祖父から、兄は父から…
誰もいなくなった今では、そこを守り続ける事に何の意味があるのだろう。
兄は、まだ幼い妹を連れて温室を散策するのが日課だった。温室を守ると言っても、水やりと見回り、鍵の開け閉めぐらいしかやることが無い。
いつものルーティンを終えると、エイは再び古い書物を手に取った。
エイ「これって、もしかして…!」
ヒカリ「お兄ちゃん、何かわかったの?」
エイ「ずっと文字だと思ってたけど、そうじゃないのかもしれない。やっぱりそうだ。読もうとするからいけないんだ。そうすると、これは…」
次の瞬間、がくん、と全身に衝撃が走り、一瞬目の前が暗くなった気がした。
3.
辺りを見回すと、先ほどまでと少し様子が違う。
いつもの温室のようだが、何か妙だ。
エイ「ヒカリ!大丈夫か?」
隣で呆然としているヒカリがいた。
良かった、無事のようだ。
ヒカリ「お兄ちゃん、何か変だよ。見て、この花…」
ヒカリの視線の先には、見たこともない植物がある。
エイ「花…?花なのか、これ?」
普通、花といえば、根っこがあって、茎が伸びて、葉っぱがあって。蕾が開いて花が咲く。種類は違えど、そこは変わらないはずだ。
そこにあったのは、異形の花。
地面に花(?)が咲き、そこからつるが伸びてその先に枝分かれした茎があり、葉っぱは茎から下へ向かって地面に突き刺さっている。
幹、葉っぱ、花、根っこ。順番も形状もめちゃくちゃ。でも、パーツとしてはそろっているのだから、一応植物と呼んで良いのだろうか。
いつもの温室だと思っていたそこは、「異形」の温室になっていた。
おびただしい数の植物が整然と並んでおり、端まで見渡せないほど広い。
独創的なものばかりに目を奪われるけれど、よく見れば結構見慣れた感じの植物もあってホッとした。中には、どう考えても重力を無視したデザインのものもあるが。
エイ「これ、全部種類が違うみたいだな。」
4.
???「こんにちは。」
ふいに、後ろから声がした。振り返ると、粗末な服装の優しそうな女性が微笑んでいた。
???「よく来ましたね。ここへ人が来るのは何年ぶりでしょうか。」
エイ「あなたは…?」
キヌ「キヌと呼んでください。」
キヌは、この「異形」の温室で道案内をしているという。たまに兄妹のように迷い込んだ人を元の世界へ帰す役目を担っているそうだ。
エイ「僕、古い書物を解読していて、気が付いたらここに。やっぱりアレって…」
キヌ「…」
エイ「僕たちの世界は偽りで、本当はこっちが現実の世界なんじゃないですか?」
キヌ「その質問にはお答えできません。仮にそうだとしても、我々に何ができるでしょう。」
エイ「真実を伝えれば、みんながこの事実を知れば、世界を変えることだってできるかもしれないじゃないですか。」
キヌ「あまり深入りしない事です。人間がどうこうできる領域ではありません。あの本の事など忘れて、今までどおりあちらの世界で暮らすのが賢明ですよ。」
ヒカリ「お兄ちゃん、おうちに帰ろうよ…」
キヌ「あなた方の記憶を消すこともできますが、なるべくしたくはありません。」
キヌ「ここで見た事は他言しない、反乱を起こそうなどと考えない事を約束してください。」
5.
エイ「…わかりました。では、いくつか質問だけさせてください。」
キヌ「私が答えられる範囲であれば。」
エイ「ここにある植物、全部、人ですよね。」
ヒカリ「ええっ!?」
キヌは静かに頷いた。
キヌ「そうです。やはり、気づいていましたか。」
エイ「色や、枝葉の付き具合でその人の寿命や運命がわかりますね。実を付けている植物が滅多にないのが気になります。」
キヌ「実を付けたら、収穫されてしまいますからね。」
ヒカリ「誰に??」
キヌ「『管理者』です。割と、珍しい実を付けそうな場合は、刈らずに気長に待っているようですが…」
ヒカリ「刈られたら、その人、死んじゃうよね?『管理者』の気分次第なの??」
エイ「…僕たちは、『管理者』の暇つぶしの道具だというんですか?この温室の棚、だいぶ埋まってますけど…まさか、全種類コンプ(制覇)が目的なのでは?」
ヒカリ「棚が全部埋まったら、そこでおしまいなの?あと少しだよ。」
キヌ「『管理者』の意思は計りかねますが、珍しいものが尊重される、収集されているとは思います。」
6.
キヌ「あなた方の花もありますよ。せっかくだから見て行かれますか?」
エイ「いいえ、今日は良いです。あちら側からでもアクセスできますので。自分の仮説が間違っていなかった事がわかっただけで十分です。」
夢の世界が現実なのか、はたまた、現実と思っていた世界が夢だったのか…?
人間の精神が「花」と接続されているのか?
温室で管理されている「花」が本当の姿なのか?
それとも、覚めることのない夢なのか。
キヌ「花の根っこを辿ると、一つの植物に行き着きます。全ての植物の根源と言っても良い存在です。」
キヌ「根っこを通じ、人間の「感情」を養分にして、その根源の植物は成長します。」
エイ「良くも悪くも、感情が大きく振れると養分になるって事か。だから、感情が大きく揺り動かされる世界を作った…」
キヌ「それ以上は!!『監視』に悟られました。見つからないうちに元の世界へ帰らないと。」
キヌは、瞬時に空間に切れ目を入れ、兄妹を追い立てるように押し込んだ。
キヌ「さあ早く!!」
7.
再び目の前が暗くなり、次の瞬間、二人は元の温室に立っていた。
エイ「『監視』からは、逃げられたのか…?」
ヒカリ「お兄ちゃん!お兄ちゃん!変な管が背中に刺さってる!!」
いつの間に付けられたのか、どこかへ繋がっていそうな管。エイは力いっぱい引き抜き、破壊した。
ヒカリ「取れないよ、助けて!」
見るとヒカリにも同じ管が刺さっており、怖いと泣きじゃくっている。
引き抜いてやろうとするが、取れない。
本人でなければ壊せないようだ。
エイ「ちょっと待ってろ…大丈夫、何とかしてやるから。」
壊すことができないのなら、吸収するしかない。
エイは、ヒカリの管を「吸収」して、自分の体に取り込んだ。
ヒカリ「お兄ちゃん…!そんな事して大丈夫なの?」
エイ「何とかなるだろ。半分植物になった感じだけどな!お兄ちゃんが全部引き受けるから、大丈夫だ。」
8.
その後、例の古い「書物」は、兄妹二人が布に包み、厳重に箱に入れて封印した。
再び陽の目を見る事はないだろう。
「植物」は、人間を支配したいのだろうか?『管理者』の思惑はわからない。
植物には集合意識があるというが、あながち間違ってはいないのかもしれない。
至るところに植物はある。ネットワークで監視できるとしたら。
私たちに酸素を供給してくれているが、ある日、意志を持ってそれを止めたとしたら。
戦争はいつでも仕掛けられる
〜世にも奇妙な物語〜
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