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山学日誌 第一便 2018/12〜2019/1

 奈良県吉野郡東吉野村にひっそり佇む人文系私設図書館Lucha Libro。そのキュレーター青木真兵が綴る日常。
人文系私設図書館Lucha Libro
 2016年6月に開館。「役に立つ・立たない」といった議論では揺れ動かない一点を常に意識しつつ、日・月・火を中心に不定期開館中(詳しくはlucha-libro.net)。
機関誌「ルッチャ」
 ローカルから普遍性を希求した機関誌『ルッチャ』。最新第三號が発売中。取扱店一覧>こちら
オムライスラヂオ
 毎週水曜日配信(https://omeradi.org/)。

2018年12月15日(土) 
 今日は久しぶりの休み。僕は普段週五日、障害者の就労支援の仕事をしている。平日に大学講義の類がある場合、就労支援の仕事を土曜日に入れて、平日は休みをもらう。12月は講義の仕事が忙しく、土曜日がなかなか休めなかった。この日は詩人の西尾勝彦さんのご自宅に伺い、焼き芋をする予定があった。

 落ち葉を集めて焼いた芋はうまく焼けたし、美味しかった。「のほほん」を提唱する西尾さんのお話はむちゃくちゃラディカル。人が生きる上での「速度」の問題を突き詰めると、生物として健全に生きるためには「のほほん」にならざるを得ない。ラディカルとのほほん。一見相反する二つの概念を併せ持つ男、西尾勝彦。でもそれが人間だと思うし、だからこそ面白い。

 帰路、メールをチェックしたらH.A.Bookstoreの松井さんから原稿依頼。二つ返事で快諾。松井さんも慎重だけど大胆な人。別ベクトルを同時に持つ人間にこそ、興味がある。

12月16日(日)

 東吉野村内で初めてルチャ・リブロの活動を話す機会があった。ルチャ・リブロはSNSを中心に情報発信をしてきて、地区や村内に対して積極的に広報活動をしてこなかった。村へ越してきて、「図書館始めました!」と大々的に掲げるのは違うと思ったし、僕たちはそんな感じで村を「消費」しに来たわけじゃない。細々と活動を続けて、降った雨がじわじわと根に届くように浸透してくれたらいいなと思っている。

 この日はルチャ・リブロ2018年の最終開館日。本年を振り返るオムライスラヂオ、「山村夫婦放談」の収録。オムライスラヂオとルチャ・リブロがリンクしてきたことをじわじわ実感した年だった。

12月22日(土)

 前日から歴史研究に関する打ち合わせで東京へ。東京の満員電車に乗る度に、駅のホームに立つ度に本当に息苦しい。経済合理性を考えると「人を集める」方が「コストが低い」のかもしれないが、「人が過剰に集まっている」ことのリスクについて、研究者や財界人はどう考えているのだろう。集中だけが、単一だけが、シンプルだけが、道じゃない。「この道しかない」なんて言う奴のことは信じちゃならねぇ、本当に。人が集まることのパワーは重々承知しているので、集中と分散、緊張と緩和、単一と複数を往復する、または循環するイメージで生きていきたい。

 宿泊は実家のある浦和へ。昔からそんな気がしていたけれど、浦和って世界で一番いい街なんじゃないかと思う。アリスの「遠くで汽笛を聞きながら」を聴いていて思うのは、良い思い出がなかった街に住み続けなければならないこともあるし、悪い思い出がなかった街から出ていかなくてはいけないこともある。好きだから、嫌いだから、右だから、左だからでは割り切れない人間の歴史。そういうものも全て含めて歴史だし、確かに「矛盾」とか「不条理」が解消されればいいのかもしれないけれど、でもやっぱり葛藤の中に生きる人間は活き活きとして魅力的に見える。

12月24日(月)

 クリスマスイブ。イルミネーションを見るのは、まぁ好きな方かもしれないけど、人混みが死ぬほど嫌い。家族や仲の良い友人たちとひっそりと過ごすのが良いに決まってる。

12月30日(日)

 マスクさんと二人で神戸へ。神戸は以前住んでいた、とても好きな街。良い思い出もそうじゃないのもあるけれど、仲の良い友人たちとご近所だったし、時折集まれたことは楽しい思い出。車で走ってみると奈良に比べて道が広く、走りやすい。高速道路を芦屋で降りて、かつて通った雑貨屋さんへ。十年近く経っているのに、オーナーの姿が全く変わらずビックリ。

 お昼過ぎから凱風館へ行き、内田樹先生とオムライスラヂオ収録。最近のテーマは、カール・マルクスが『ヘーゲル法哲学批判序説』で言及している「類的存在」を土着化していくこと。マルクスの言う「真の人間的解放」について、イデオロギーとしてではなく、自分の言葉と身体を通じて理解し実践していきたい。

12月31日(月)

 早いもので2018年ももう終わり。年末はお腹の調子が悪く、きちんと食べるのを一日一回にしたところ、どうやら調子が良い。胃が弱いのか、腸がセンシティブなのか分からないけど、とにかく無理はしないことが大切。自分が最も快適に過ごせる習慣を形作りたい。仕事があって職場で過ごす時間が長かったりするとそうもいかないわけだけど、与えられた環境の中でベストのパフォーマンスができるように。でもその環境自体を変えていく姿勢も大事だぜ。

 昼間に『マルクス・エンゲルス』を鑑賞。「マルクス、めんどくさいやつだなぁ」と思っていたら、マスクさんが「あなた、このマルクスに似てるよね」とのこと。そうなのかもしれない。

 夜はタナトス夫妻とお寿司を食べに隣町のイオンモールへ。イオンモールはあまりに人が多いので、「都市のようなもの」と言う意味で「イオン都市」と僕たちは呼んでいる。お寿司を食べて帰ってきて、『ルッチャ』第三號のデザイン会議。マスクさんの切り絵を、タナトス氏がデザインしてくれる。むちゃ楽しみ。

 そのままタナトス家で年越し。音楽をかけようというので「最近、曲名はよく分からないけどジャズを聴いている」と言うと、クイーンに『Jazz』というアルバムがあるという。タナトスさんは映画『ボヘミアン・ラプソディー』を観て、目下クイーンにハマっていたのだ。僕らは映画を観ていないけれど、『Jazz』の一曲目「ムスタファ」にどハマり。「ムスタファ」を聴きながらの年越し。

2019年1月1日(火

 初詣は村で一番大きな神社へ。杉の木が四、五本丸太のままサークル状に建てられ、火が轟々と燃えていた。初詣を終え、タナトス家と別れたその足で近所の小さな神社へ。ご近所さんが缶のおしるこや祝い箸をくれた。翌朝その箸でお雑煮を食べる。我が家はお澄まし。奈良は白みそで、お雑煮に入ったお餅を出して、きな粉をつけて食べるそう。僕はまだ食べたことはない。

 夜はオムラヂ「山村夫婦放談」を収録。なんやかんや言って話し続けてしまう。オムラヂでは何をみんなが面白いと思うのか、何がつまらないのかなど、あまり気にせず配信している。確かに聴いてくれる人のことはあまり気にしていないのだけど、家でただ喋っているのとは違うから、一応「第三者」を想定して録っている。プロレスで言うところのノーピープルマッチ。「無観客という観客」を想定して話すことで、普段発揮されない自分のポテンシャルを発揮することができる。多分こういうことなのだ。

1月5日(土)

 吉野町の国栖にある山寺、清谷寺にてオムラヂ収録。実は吉野町と東吉野村は違う行政体である。金峯山寺や千本桜など、有名な観光地は全て吉野町にある。その吉野町の端っこが国栖だ。吉野町の端っこは東吉野村とほど近く、ルチャ・リブロと清谷寺は10分ちょっとの距離にある。清谷寺はB&Bをしてらっしゃるので、今後ルチャ・リブロで夜のイベントをして、みんな清谷寺さんにお泊りするというようなこともできそうだ。

1月11日(金)

 二度目の九州は大分、熊本へ。一度目はオフィスキャンプの坂本さんと一緒だったのだけど、今回はマスクさんとの二人旅。ルチャ・リブロの常連、南さんたちを訪ねに行く。早朝暗いうちから東吉野を出発し、関空から福岡空港へ。そこからバスで日田へ向かい、レンタカーで熊本県小国町へ。南さんらと合流し、「南阿蘇水の生まれる里白水高原」という長い駅名の駅舎に週末だけオープンする、ひなた文庫さんへ。小さいながらもキラリと光る本のセレクション。その後は押戸石の丘へ。360度が見渡せる絶景に心がスッキリ晴れ渡りつつ、隠れるところがない不安感も押し寄せる。でも素晴らしいランドスケープに感動。シュメール文字が発見されていることが、堂々と書いてあった。

1月12日(土)

 宿泊は南さんのお友達、戸高さんのご自宅にて。戸高夫妻に湯布院をぐるりと巡ってもらい、地元の温泉へも案内してもらう。大分はそこらに温泉がガンガン沸いている。土地が元気である。戸高さんも元気だ。

 湯布院に行った目的は、亀の井別荘という旅館を経営なさっていた中谷健太郎さんが引退されて作った「庄屋サロン」に伺うため。中谷さんが友達との遊び場として活用する予定のサロンには、温泉や台所だけでなく、中谷さんの蔵書を開いた図書館のような施設が付属している。この中谷さんの図書館とルチャ・リブロのイメージが重なったことが、今回二人で九州を訪れたきっかけだった。この模様もオムラヂで聴ける。どこの馬の骨かも分からぬ若造相手に、しっかり向き合ってくれる中谷さん。こんな大人に、僕もなりたい。

(第二便へつづく)

初出:「H.A.Bノ冊子」第一号
*最新の回は現在配布中の「H.A.Bノ冊子」第二号に掲載しています。

「H.A.Bノ冊子」についてはこちらをどうぞ。


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