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#007 札幌北斗高校演劇部…キリンとの旅③

 二人芝居はむずかしい。

 芝居では、幕開きの早い段階で、必要な情報は観客に伝えたいものだ。それをどのように伝えるかが腕の見せどころなのだが、本当にむずかしい。
登場人物の台詞、人物の動作、表情、距離感、音響や照明などの効果、舞台装置…色々手法はある。台詞での情報伝達を考える際に、近しい二人同士の会話では更にそれがむずかしいと感じてる。脚本を書いていて兄妹のシーンが破綻したのはここの問題だった。

 そこで思いついたのが二人以外の登場人物を出せばいいということ。当たり前でシンプルな考えなのだが、さて誰を出そうか。二人きりで暮らす兄妹なので誰をここに絡ませるか。家出同然に転がり込んできた妹の親友?兄の友人?まぁ、いろいろ方法はあるのだが、今回考えたのが「キリン」だった。

 もちろん狭いアパートの部屋にキリンがいるのは明らかにおかしい。だからこのキリンはただのキリンではなく、主人公りあんが描いている漫画のキャラクターである「キリン」にしよう。つまり実在の存在ではなく、りあんの頭に住む空想上のキャラクター。

 口数の少なくシャイなりあんとは対照的に、よく喋り皮肉屋で辛口なキャラクターにしてみた。漫画なので、キリンは自由奔放。いつでどこでも現れる。そうだ、部室(倉庫)にあった古くて赤い脚立(足場?)にいつも座っているのはどうだろ。ルールは基本この脚立から降りない。この脚立の上に存在するキャラクター。

脚立の上で60分、奮闘していたキリン役の子

 りあんとよく口ケンカするがいつでもどこでも彼女に寄り添う、親友のような姉妹のような存在。このキャラクターを投入したことで話はどんどん膨らんできた。
小さな頃、りあんは兄タケシと動物園で過ごした過去。幼い二人には行き場所がなかった。逃げるようにここにいた。そして、二人のお気に入りが大きなキリンだった。可愛い犬や猫を飼っている周りの子が二人には羨ましかった。だからこそ、二人で「キリンを飼おう!」という夢を描き過ごしていた。
 もちろん、そんな夢は実現するわけもないが、高校生になったりあんはキリンと暮らす女の子の漫画を描き始めていた。友達のいないりあんは幼い頃から、キリンを飼うという想像を膨らませ、その中でキリンとずっと暮らしていた。こんな幕開きが出来上がった。

りあんとタケシの食事風景。食器などは全てパントマイムで処理した。

 一方兄タケシは、高校へは行かず、現場で朝から働きりあんと暮らしている。口べたのせいか、口より先に手が出る。今までも暴力事件で何度も警察の厄介にもなっている。ただこの暴力のほとんどが実はりあんを守るためのものだった。りあんを誰より心配していながら、それを上手く表現できないタケシ。そんな不器用な兄妹。タケシはりあんを守っているのだが、同時に自分自身も気づかないうちにりあんに依存している。
りあんは自分を守る兄が次第に疎ましくなる。兄が暴れれば暴れるほどりあんはいじめられなくなるが、友達が一人、ひとりと彼女の前からいなくなった。気がつけばひとりぼっち。キリンはただの漫画のキャラクターではなく、りあんの心の裏側、つまり、もう一人の「りあん」としよう。「オレはお前で、お前はオレなんだからな!」といつもキリンは呟く。

 そんな、りあんが、いろいろな経験を経て、自分の足で立ち、自分の力で道を切り拓こうという物語が出来た。シャイなりあんが憧れる男の子を出してみよう、その男の子のためにおしゃれをしようとしたり、メガネを外そうとしたり。舞い上がったり、落ち込んだり。漫画を通し、友人ができる。一緒夢を追おうと励ましてくれる。高校3年生、進路を決めなくてはならない時期。夢を追いかけるべきか、もっと現実を見るべきか。自身に自信がなく悩むりあん。それを皮肉るキリン。見守るタケシ。

 何だか高校演劇らしい内容になってきた。
脚本は形が見え始めたのだが、全くタイトルが浮かんでこない。結構タイトルを考えるのは実は得意なのだが、この時は全く浮かんでこなかった。とりあえず仮のタイトルとして「締め切りに間に合わないかもしれません」と脚本の表紙に打っておいた。
生徒に示す脚本の完成期限に近付いてきたからだ。

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