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私たち一人ひとりには、「命の値段」がつけられている。

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いまから5年前、大阪市生野区で当時11歳の女の子が亡くなった。ショベルカーが歩道に突っ込んできたのだ。少女にはなす術がなかった。遺族の悲しみは、どれほどのものだっただろうか。

遺族は悲しみのなか、運転手と勤務先の会社に対して損害賠償を求める裁判を起こした。先月27日、その判決が大阪地方裁判所にて下された。

「約3770万円の支払いを命じる」

法律の専門家でなければ、この判決で下された金額が妥当なものなのかどうか、判断がつかない。しかし、この事実を聞いた上でならば、あなたはどう感じるだろうか。

この少女が将来得られるはずだった収入(逸失利益)は、ほかの子どもに比べて85%である。なぜなら、彼女には聴覚障害があるから。

そう、彼女は聴覚障害があることを理由に、将来得られるはずだった収入を低く見積られてしまったのだ。裁判所は、「障害」の有無によって、一人の子どもの可能性を否定したのだ。

それでも、この判決はまだマシなものであるという指摘もある。被告側は、「聴覚障害者の平均賃金は労働者全体の平均賃金のおよそ6割に留まっているのだから、それに基づいて算出すべきである」と主張していたのである。

よくも少女を轢き殺しておいて、ぬけぬけと……という憤りが湧き上がってこないわけでもないが、いずれにせよ「通例では6割と判断されてもおかしくないところ、85%も認められたのだから良かったじゃないか」という意見もあるのだ。

まあ、たしかにそう考えれば良かったと言えるのかもしれない……などと思えるはずがない。それは私自身が障害当事者であるからこそ湧き上がる感情も大きな要因ではあるけれど、それとは別にあくまで客観的な事実として、「それはおかしいだろう」と思わざるを得ないのだ。

「聴覚障害」は、それほど収入を低く見積られる属性なのだろうか。判決が下った当日にもTwitterで書いたが、いまのご時世ではリモートワークも進み、たとえばエンジニアなど、健聴者と遜色なく働ける職種や環境も整ってきているはずだ。

事実、私のツイートにもこのようなリプライが寄せられていた。

事故で亡くなった彼女が社会に出て働き始めるまで、およそ10年。その時代においても、聴覚障害者は健聴者と比べてそこまで収入面で劣る存在だと判断されたのかと思うと、その先見性のなさに呆れるばかりだ。

いくらこうして私が憤ってみせたところで、もしかしたら健常者のみなさんにとってはどこか他人事で、あまり身近な問題には捉えられないかもしれない。しかし、この逸失利益、なにも「健常者」と「障害者」の間でのみ差を設けられているわけではない。「学歴」や「性別」という観点からも差を設けられているのだ。

聞き慣れない言葉だが、「賃金センサス」というものがある。毎年、政府が実施している「賃金構造基本統計調査」の結果に基づき、労働者の性別、年齢、学歴などの属性ごとに、その平均収入をまとめた資料のことを言う。

このサイトに詳しくまとめられている。

2021年のデータになるが、これによると、男性の平均収入は546万円、女性は386万円となっている。つまり、事故などで相手を死なせてしまったとしても、それが女性だったら一年あたり160万円ほど「安く済む」ということになる。10年なら1600万円もの開きが出てくる計算になるのだ。

全国の娘さんを持つ親御さん、どうですか。娘さんが車に轢かれて亡くなった。でも、「お子さんは女性で、男性よりも平均収入が少ないという事実があるので、賠償は少なく見積もりますね」と言われたら。私から全身の毛穴から血が吹き出しそうなほど怒りに打ち震える。

でも、これがいまの司法の実態だ。大学を出ていれば相応の補償をしてもらえるが、高卒であれば安く見積られるという「学歴差別」だって、当たり前のように仕組み化されている。

なんだ、嘘だったんだ。

私たちは、「命に値段なんかつけられない」と教わってきたはずだ。だけど、そんなの嘘だった。私たち一人ひとりには厳然と「命の値段」がつけられていて、その理由も「あなたはこの属性だから」という冷酷なもの。みずから選ぶことのできない所与の境遇によって「命の値段」がつけられていることに、私はどうしても納得がいかない。

だが、こうした私の怒りも、きっと法律をかじったことのある人々から見れば鼻で笑われるような主張なのだろうとも思っている。そんな青臭い主張は、とっくに法曹界でも議論されていて、それでも裁判において実際に結論を出さなければならないなか、この形がベストとは言えないまでも、ベターだと判断され、この「賃金センサス」という冷酷な一覧表が生み出されてきたのだろう。

ならば。

その前提を変えていくしかない。「健常者」と「障害者」でも賃金が変わらない社会に。「男性」と「女性」でも賃金が変わらない社会に。属性の違いによって賃金に格差が生まれてしまっていること自体に、私たちは疑問の目を向けなければいけないはずだ。

誰かが亡くなったことでようやく気づき、動き出すのではあまりに遅いのだが、こんな「賃金センサス」のような血も涙もない“格差表”を無効化するためにも、私たちは障害の有無や性別によって格差が生まれてしまう社会構造を変えていくしかない。

もともと関心を持ち、取り組む必要性を感じていた「障害者雇用」の問題に、引き続き尽力していきたいと思う。どうか、みなさんの力を貸してください。

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