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SPICE OF LIFE での4つの葛藤


Pyxiruが活動休止に入ったのが2021年の2月28日。そして、実はその翌日から若者のキャリア観を形成するための「SPICE OF LIFE」をスタートさせていた。

当時はPyxiruを走り切った後で体力・気力共にすり減っていたこともあり、Pyxiru再始動に向けて数多くの疑問や不安が沸き起こっていた時期でもあった。そんな中、「SPICE OF LIFE」を通し、たくさんの社会人のお話を伺う中で、自分の中での様々な葛藤を整理していく日々を過ごすことができた。せっかくなのでその経験録をここにまとめておきたい。

※かなり個人的な考えを整理したものなので、共感できない部分もあるかと思います。ご了承ください。

葛藤1 「”幸せな人生を歩む”とは?」-幸せを感じ取れる自分なりの生き方-

Pyxiruを休止して「SPICE OF LIFE」を始動する時、率直に疑問に感じることがあった。それは「今が一番幸せなのにこれ以上何を頑張るんだろう?」ということだった。今あるもので十分満たされているのにこれ以上何を望むんだろう?何のためにエネルギーを使うんだろう??と疑問に思っていた。

今思うと、半分燃え尽きたような感覚になっていたんだと思うけど、この当時はなかなかにモヤモヤしていて「そもそも人にとって幸せって何なんだろう?」ということをひたすら考えていた。

そんな時、ちょうど『サピエンス全史』の後編を読み始め、その中で論じられている「幸せ」について考える中で少しずつ自分の中での答えが見えてきた。

そのため、ここから先は『サピエンス全史』を読んで考えた、自分なりの「幸せとは?」についてまとめていきたい。(色んなクエスチョンを挟みながら考えていったのでその過程を記載していく形にする。)

①『より豊かで便利な社会』は果たして本当に幸せなのか?

サピエンス全史-後編-産業革命の章で論じられていた以下の文章を読み、今日の世界で奨励されている『より豊かで便利な社会』は果たして本当に幸せなのか?について自分なりに考えてみた。

これまで私たちは、健康や食事、富など、おおむね物質的要因の産物であるかのように幸福を論じてきた。より豊かで健康になれば、人々はより幸せにもなるはずだ、と。だがこれは、本当にそれほど自明なことなのか?哲学者や聖職者、詩人たちは、幸福の性質について何千年も思案を重ねてきた。そしてその多くが、社会的、倫理的、精神的要因も物質的な条件と同じように、幸福に重大な影響を与えるという結論に達した。  
                      『サピエンス全史-後編-』より引用。

『より豊かで便利な社会へ』というスローガンは一見するととても魅力的に思える。でも一方で、便利さが増せば増すほど「自分でする」という面白みが失われていくのも事実だなと感じる。農業一つとってみても、機械化によってたくさんの作物を効率的に生産できるようになり、その結果的により豊かな社会は実現されたけれど、人によっては「自ら耕かして収穫する」という体験そのものに幸せを感じる人もいるのでは?と思えてくる。

もちろん機械化がなければ今より不便な生活だったことは間違いないけど、より便利で楽できることが人の幸せに直結しているわけではないのでは?と思う。楽できる社会が人にとって幸せなのではなく、正しく苦労できる社会が人にとって幸せなのではないか?と個人的には考えている。

そして、ここから派生して「外部の環境が変われば人は幸せになれるのか?」ということも考えてみると、それもそうでもないと思えてくる。外部要因はあくまでも一つの材料でしかなく、幸せを感じるにあたって本当に大切なのは「自分自身の考え方」なのではないか?と思う。便利になった社会で幸せだなぁと考える人もいれば、便利になりすぎて面白くないな、幸福度は変わらないな、と思う人もいるかもしれない。

『より豊かで便利な社会』がどんな時も肯定される魔法の言葉ではない、ということをしっかりと覚えておこうと思う。人それぞれに幸せのあり方があるからこそ、自分にとっての「幸せな生活」を感じ取れることが一番大切なのではないか、と思う。

②今の自分にとっての「幸せな生活」とは?

それでは、今の自分にとって「幸せな生活」とは何だろうか?

この1年ほどを振り返ると、「今いる環境を最大限味わうこと」が自分にとっての一つの幸せのあり方ではないか、と思う。

高校での不自由な時期や留学を通して「今生きている環境」がどれほど豊かで恵まれているのか、を本当の意味で実感できるようになった。

また、コロナ禍で海外に行けなくなったことで、今住んでいる場所でできることは何か?を考える機会ができ、今まで知らなかった地元の魅力や日本の面白さに気づくことができた。だからこそ今は、新しい環境に出会うことと同じぐらい、今いる環境をいかに味わえるかを試行錯誤することも面白いと思えるようになった。

新しい環境に身をおきたい!と思い続けてきた数年間だったけど、今は、今いる環境を味わい尽くせた時、全く異なる面白さに出会いたい時、そんな時に初めて新しい環境を求めていけば良いと思うようになった。

そして、もう一つの幸せのあり方が「周りにいる人が幸せでいてくれること」だなと思う。自分一人が満ち足りていても、周りが暗い顔をしていたら心配になってしまう。

当たり前だけど、一人一人の幸せって誰かが決めるものではない。だからこそ、自分の基準で幸せかどうか、を決めつけるのは良くないけれど「なんかなぁ」と人生に物足りなさを感じていたり、マイナス発想になっている人がいたら、少しでも「生きる面白さ」を共有できる人でありたいなと思う。

これまでの人生を振り返ると、どの地点をとってみても自分なりに満足のいく人生を送ってきたなと感じるけれど、時々で「自分だけが楽しんでるのでは?」「周りのみんなは楽しめているのかな?」と感じることが多かったなと思う。

だからこそ、当たり前のようにしてきた「今いる環境を最大限に味わうこと」に加えて「周囲にいる一人一人がその人なりの幸せを感じ取っていること」が自分にとっての「幸せな生活」だなと思う。

葛藤2「たくさんの人との出会いや繋がり、自分にとっては諸刃の剣?」

自分が中心となって新たな物事を始めようとする時、活動すればするほど関わってくれる人が増えていく。すごく嬉しいことだし人との繋がりは何よりも貴重なものであることは理解しているけれど、人と向き合うことにかなりのエネルギーを必要としてしまう性格上、場合によっては心理的負担になってしまうかもしれない、とそう感じていた。

この背景にあったのは、SPICE OF LIFEを通して人との繋がりが増えていく一方で、何故かわからない恐怖感を感じていたことだった。人との出会いは何にも変えがたいほど貴重でたくさんの可能性をもたらしてくれるものなのに、一体自分は何に恐怖を感じているのか?なぜ恐怖を感じているのか?疑問に思っていた。

この疑問を解決するため、SPICE OF LIFE を通して社会人の方に「行動範囲が広がったり、歳を重ねたりしていくと自分と関わる人の数も増えていくと思うのですが、それが心理的な負担になってしまうことはないのですか?実際、どのように人付き合いされてますか?」と聞いていた。

この答えは一人一人違ったけれど、人付き合いをうまくされているな、と思う人に共通していたのは「自分が主導権を握ること、自分のペースで人付き合いをすること」だった。一見、すごく身勝手に感じるかもしれないけれど、誰もが自分のペースで人付き合いをするようになったら「無理やり関係性を持つ」ことを防げるようになるし、結果的にストレスの少ない人間関係を築いていけるのではないか?と思う。

だからこそ、「誰と深い関係を築きたいのか、誰と繋がり続けていきたいのか」という自分の中での目に見えない基準を持っておくことはすごく大切だなと感じた。

と同時に、人付き合いのペースも自分が心地良い、と思えるペースで進めば良いとも思えるようになった。人と会うこと/繋がることが好きな人であっても、心地良いと感じるペースは人によって様々。自分の気持ちに合わせて楽しめるペースで関係性を築いていけば良い、と思えるようになった。

人付き合いは、楽しい側面もあるけれど、気づかぬうちにストレスの一因になっていることもある。そういう意味では諸刃の剣かもしれないけれど、自分で主導権を握ること(=自分自身でしっかりと剣を握ること)で心地良い状態にコントロールしていけるのではないか、と思う。

葛藤3「全てを体感したい、任せきれないなら個人でするべき?」

新しいことを始める時、自分で全部やってみたい!となってしまう性格上、人に任せることが不得意すぎる一面がある。もちろん、状況によっては良い方向に進むこともあるけれど、取り組むことが大規模になればなるほどたくさんの綻びが出てきてしまう。

SPICE OF LIFE を開催している時も、「自分のペースでやりたい。どうせするなら全てのプロセスを担当したい。」と思ってしまう時があり、「一緒に活動するメンバーと分担しながらやった方が絶対うまくいく」と思う気持ちと葛藤していた。

振り返ると、「自分の興味関心 VS 物事の成功」という構図になってしまっていたと思う。この構図になると、大抵の場合は前者を優先させてしまうことが多い(失敗するかも、と思っても「やってみたい」が優ってしまう現象。他の人の手を借りて成功するより、自分でやってみて失敗する方が良いとさえ思えてしまう)からこそ、SPICE OF LIFE にしても Pyxiruにしても、最終的にこの構図になってしまうのであれば「個人で活動すること」に振り切った方が良いのではないか?と思い始めていた。

逆にいえば、「自分の興味関心>物事の成功」となってしまうスタンスを変えられないのであれば、組織を作るべきじゃないなと感じていた。

「どうしようか?」と少し考えると、この答えは最初から決まっていたことに気づいた。「一人でするのか、みんなでするのか」はあくまでも手段の話。目的地が定まっていない時は「一人でする」方が気まぐれに動けて良いけれど、目的地が定まっている時は「みんなでする」じゃないと辿り着けない。

明確な目的がある以上は目的>手段になるのは間違いなくて、掲げている目的が本当に果たしたいものであれば「みんなでする」ということ以外に選択肢がないことは明らかだった。

SPICE OF LIFEやPyxiruは言うまでもなく「自分が楽しみたい<目的達成」だからこそ、「みんなでする」をより楽しめるように、より上手く進めるために「どんな工夫をすれば良いのか?」を考えていくことが必要だと整理することができた。

自分が実現したい世界観はどんなものか?その姿を思い浮かべると、そこにかける想いを再認識すると、もう迷う必要はないなと感じる。だからこそ今は、SPICE OF LIFEにしてもPyxiruにしても、最終的に作り上げたい規模をイメージしながら「みんなでする」をとことん極めていきたいなと思う。

葛藤4「1つの事業にこだわるのか、マルチに取り組むのか?」

SPICE OF LIFEの続投を考えるにあたって、Pyxiruに一本化するのか両立するのか、で少し考えた時期があった。最初は一つに絞った方が効率的に動けるのではないか、Pyxiruが軌道に乗ってから次を始めれば良いのではないか、と考えていたけれど、どこか引っかかる部分があってほんの少しだけ立ち止まって考えてみることにした。

というのも、「一つのことに全力を注いだ方が上手くいく。」一見すると当たり前のように感じるこの言葉が、自分にとってはどこか当てはまらないような感覚があったからだった。

大学生活を振り返ると、基本的にどの時期も2-3個の活動が同時進行していたような状態だった。(サークル/資格試験/ボランティア、とか、学生団体/インターン/学内PJとか)ずっとそんな姿だったからこそ、大学3回の時にある友達にこんな一言を言われた。「一つのことに集中した姿を見てみたい!」不意に言われた一言だったけど、その時の自分にはすごく印象的で「確かに、自分も見て見たい。」と素直に感じた。

その一言を心のどこかに残したまま、大学4回を迎え、ちょうど半年間のまとまった時間を作れるようになった。1年前の友人の言葉を思い出し、せっかくなら一つのことに全ての時間をかけてみようかな、と思い立った。それがまさにPyxiruだった。

(もちろん、全ての時間と言っても、プライベートの時間を省いた公式な活動という意味合いになる。)アルバイトやインターンもストップし準備万端の体制でスタートを切った。

結果どうなったのか?一つのことに集中した結果、分かったことが二つあった。

一つは、「自分が確保できる時間×発揮できるパフォーマンス」と「みんなが確保できる時間×発揮できるパフォーマンス」のバランスをとらないと、いかに自分のエネルギーを一点集中させたところで、できることには限界があるということ。

一つのことに絞り込むと、目的地が一つだからこそ個人的には集中しやすい環境になる。一定の時間までは、時間があるほど自分次第で質を向上させることはできるけど、ある一定の時間を超えると自分一人でできることをやり尽くしてしまう(みんなの力がないとそれ以上質を高めることができない)ことに気づいた。

つまり、自分一人が時間を集中させても、活動の質を向上させることには限度があるということが分かった。メンバー間の活動頻度や状態に合わせて最適な時間を投下していくのが大切だと認識することができた。

そしてもう一つは、上記のバランスを重視する以上、一つの活動では自分のエネルギーがあり余ってしまうということだった。個人戦であれば無限に自分の時間を投下すれば良いけれど、団体戦である以上は自分が投下すべき時間に制約がある。そうなってくるとどうしても空き時間が生まれてしまうわけで、その時間に別のことができないかな?と考え始めてしまうことに気づいた。

一つの活動の中で無理やり自分のやりたいことを広げていくよりも、余ったエネルギーでシナジー効果が期待できることに挑戦していくのが良いのではないか、と思うようになった。

思えば、学生時代も、一番やりたいことを始めた後、余った時間で二番目にやりたいことを始める、、、といったことをしていたら気づけば複数の活動が同時で走っている。という状態だった。無理をする必要はないけど、自分が楽しめる範囲で取り組むことを増やしていって良いのではないか、と思うようになった。

つまり、まとめると1事業かマルチか、という選択をするのではなく、まずは優先度の高いものから順に取り組み始め「自分のキャパ」と「メンバーのキャパ」のバランスが取れる範囲で活動する。その状況でゆとりがあるのであれば、シナジー効果が期待できる第二の活動に取り組む。という形で状況に合わせて柔軟に動いていくのが一番心地良く活動していける方法だなと感じた。

あれこれ手を出す、という方法は取れないため、活動するものの方向性は必然的に似てくると思うけど、一番上にある大きなVisionを見失うことなく物事に優先度をつけていくことができれば上手く回るのではないか?と思うことができた。

そうなると、SPICE OF LIFEも「Pyxiruにどれほどのリソースを割くのが最適か?」次第になってくるかなと思えるし、そう考えると意思決定がかなりシンプルになる。

あと、補足としては「過労死しないでね」とよく周囲から言われることがあるため、頑張りすぎない、ということは大切にしていきたい。

どれほど忙しくなっても、固定で確保したい時間は必ずとる、基本的に予定時間は伸ばさないといったタイムマネジメントを徹底する。また、同じような想いで行動していけるパートナーや、警告してくれる相談者を持つ。この二つは大切にしていきたいなと思う。





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