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夢を後押ししてくれる友人の存在

前回のnoteで書いた通り、2022年の後半(8月〜12月)のタイミングは本気で今向き合っていることからサヨナラしようと思っていたし、自分の夢や目標よりも目に見える幸せを優先させようと思ってた。

また、年が明けて4月になったタイミングでもまた別の壁が目の前に現れて弱気になってしまう瞬間があった。

最近思うこととしては、人生って山登りの連続で、パワーをかけて必死に歩いてもなかなか前が見えてこない時もあれば、一気に視界が開けて身軽に歩を進められる時もある。これから新たに山を登る時は自身の中でもマインドセットなるものが必要になるけれど、一度スイッチを入れて登り始めると気づけば頂上にいるというケースも多いのかなと思う。

ただ、登る山が徐々に大きくなっている最近では、山を登る前のマインドセットが自分一人ではなかなかに難しくなってきている。

実際に、年明けのタイミング、4月のタイミング、と新たな課題(=登るべき山)が目の前に現れた時なかなか自分の気持ちが定まらなかったことも事実。そして、その二度のタイミングで自分を助けてくれたのは紛れもない友人の存在だった。

全てを諦めかけた自分を救ってくれた友人のメッセージ

2022年11月のタイミング。本業も自分の目標もプライベートも丸く収まりたい気持ちが強まり、ある時友人にプライベートのことで相談をした機会があった。

将来を見据えての相談をしている時間ではあったけれど、その時の自分が考えていたことを聞いた友人から率直な意見をもらう中で自身として受け取ったメッセージは次の一言に集約されていた。それは、「らしくない。妥協しているのでは。」ということ。

当時の自分にとっては図星だったからこそ最初は正直抵抗を感じたけど、1週間、1ヶ月と時を過ごす中でそのメッセージの意味を実感するようになっていった。

この8年近く思い描いてきた理想の姿は、自身が思っていた以上に実現困難で正直心折れかけていたタイミングだったし、だからこそ幕を閉じて地元に戻ろうという気持ちが過去最大に高まっていた。覚悟を決めたはずだったのにそれが揺らいでしまった瞬間だったし、目の前に見える安泰そうな道を人知れず選ぼうとしてしまっていたタイミングだった。

それぐらいに心が違う方向に揺れていたし、少しの後押しがあれば簡単に進路を変えてしまいそうな時期でもあった。

だからこそ、あの時に受け取ったメッセージの存在はとても大きくて今になっても心の中に残っている。生きる希望を与えたいと感じている自分が、こんな後ろ向きの人生を歩んでどうするんだ、と思い直せた瞬間でもあった。

自身の夢を一緒に追いかけてくれる同志の存在

3月になったタイミングで、同志と呼べる友人と電話で話す機会がありその時の互いの状況が類似しすぎていて一瞬で意気投合、そして友人の手がけるコーチングのモデルになることが決定した。

コーチングをスタートさせたことで、自身の目指したい世界観と、そのためにすべきことの優先度を明確にすることができた。そして自身がこれから登る山がとてつもなく大きいことに加え、それを登り切るためには同志や仲間の力をたくさん必要とすることを実感するようになった。

2024年1月1日の時点で、真っ白な立方体の部屋に真っ赤に燃えるろうそくが一つ。四方八方を囲んでいる白い壁が外に開かれ、シンプルさに洗練された部屋から一気に解放され周囲にはあたり一面の大自然が広がっている。そして絶対に消えることのない小さな火を自身の内に灯し、大自然の中に待つ一つ目の山に向けて歩を進める。そんな心の状態を目指す。

自身の目指したいことは、境遇に関わらず一人一人が自分らしく生きられる社会。その中でも特に、人生に対して夢や希望を持つ人を後押しすること、そしてその人たちの姿をみて人生に対して夢や希望を持てるようになる人を増やすこと。窮屈とも言えるこの社会システムから一人でも多くの人を解放し、より自由に豊かに生きていける人を増やすこと。そのためには人々の価値観を広め深め、自分なりの幸せのあり方を見つけ実現できるサポートをしたい。一人一人の原石を見つけ磨ける人でありたい。

また、自身が大きく描いてきたvisionとは裏腹に、まず目先救いたいのは家族。第三子として生まれ自分の生きる意味を問い続ける中で、高校以降感じていたのは目の前の家族一人一人を豊かにすることが自分が果たさねばならないmissionだということ。これを実現させ、何のしがらみもない状態で自由気ままに羽ばたいて生きていきたい。

目の前の家族を救うために社会構造も含めた理解を深める必要があったし、自分が解決者になるために必要な武器をたくさん持つ必要があった。そのための留学やインターン、就職。そしてそれらが少しずつ集まり始め、今がまさに救いたくてたまらなかった家族を救うタイミングなのかもしれない。

変な意味ではなく、自分がいついなくなったとしても大切な人たちが幸せでいられる仕組みを作っておきたい。考えられないぐらい大きなチャレンジをして儚く散ってしまったとしても、大切な人が幸せに生き続けられるものを形として残しておきたいのかも知れない。

世界中を旅しながらも人生を前向きに生きようとする人たちを救いたい。死に際の理想としては、自分がいなくても周囲の人は皆豊かに幸せに生きていけると確信を持って言える状態でありたい。

これから

周囲の人の力をたくさん借りることになる人生になると思う。でもそれでも実現させたいことがある限り、自分なりに真剣に向き合い続けて少しずつでも進んでいきたいと思う。

また、人は一人では夢や信念を真っ直ぐに追い続ける事は難しい。自分の夢や信念を自分以上に理解してくれる人がいて、同じ温度感で夢を追いかけられる同志がいて初めてブレずに走り続けられるんだと実感した。


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