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児童書翻訳のお金の話

今回は、誰もが気になるお金の話を書きたいと思います。

児童書翻訳の仕事は、楽しくてやりがいがありますが、果たして「もうかる」のか?

初版の収入

出版翻訳の報酬には、支払いが一度きりの「買取」と、本が増刷になるたびに支払われる「印税」があります。

私はこれまで約20社と出版翻訳の仕事をしてきましたが、買取は少なく、ほとんどが印税でした。

印税は「印税率 × 部数 × 本の単価」で計算されますが、絵本の場合の印税率は3~4%、YAも含む読み物の場合の印税率は5~7%が多い印象です。

この印税率は、出版不況のせいか、残念ながら最近は下がり気味のようです。

例えば読み物なら、初版時の収入はこんなふうになります。

印税率6% × 4,000部 × 単価1,500円 = 翻訳料360,000円(税抜き)

この金額、高いと思いますか? 安いと思いますか?

この本の翻訳にかかった日数が1か月なら、まあまあかもしれません。でも、2か月、3か月だったら?

私は、原書100ページを無理のないペースで訳すと1か月くらいかかります。上の計算は、288ページの原書を訳したときのものなので、3か月近くかかっているはずです。

36万円を3か月で割ると、ひと月の収入が12万円。2か月で割ったとしても、18万円……。

「増刷になりますように!」と祈らずにはいられません。

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(上の表の「初版 46,110円」というのは複数で共訳した本の売上です。共訳だと1冊の印税を複数人で分けることになるので、収入もそれだけ下がります。)

重版の収入

おかげさまで、これまで出してきた訳書の半分くらいは増刷になって、重版印税をいただいています。

1回の重版で終わらずに、3刷、4刷……と続いたものや、今も地道に続いて10刷以上になっているものもあります。

本当にありがたいです!

でも、1回の重版はたいてい1,000部以下なので、重版印税の振込額も10万円以下がほとんど。しかも、私の場合、最近はそれが年に数回ある程度です。

出版サイクルが早まって、どんどん新しい本が出ると同時に、古い本はどんどん絶版になってしまうのですよね。私の訳書も、もう半分以上が絶版か、絶版に近い状態(重版が見込めない状態)になっています。

夫の収入がなかったら、食べていくのはちょっと厳しいなあというのが本音です。

もちろん、大ベストセラーや超ロングセラーが複数あるという方は、十分食べていけるのではないかと思います。

そう考えると、けっきょく児童書の翻訳でもうかるかどうかは、実力や本の内容のほかに、運によるところも大きいと言えそうです。

ちなみに私の夫は産業翻訳者(企業の資料、マニュアル、契約書などの翻訳者)なのですが、原稿用紙(400字)1枚あたりで比較したら、夫の産業翻訳の単価のほうが、私の出版翻訳の単価よりも断然高いです。

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収入上のリスク

出版翻訳の仕事には、増刷になるかどうかということ以外にも、いくつか収入上のリスクがあります。

ひとつは、フリーランスならではの「収入が不安定」というリスクです。

コンスタントに仕事があればいいですが、たいていの出版翻訳者は忙しい時期があったり、暇な時期があったり。

複数の作品を抱えて寝る暇もなかったかと思うと、ある日とつぜん、仕事がすべて片づいて無職状態になっていた……なんてことがしばしばあります。

もうひとつは、「不払いや減額」のリスクです。

実は出版翻訳の世界では、「仕事をしたのに収入がゼロ、あるいは、すずめの涙」という信じられないようなことがたまにあります。

そうなってしまう一番の理由は、「本が出版されてから翻訳料を払う」という昔からの慣習が日本の出版社にあるからではと思います。

そのため、出版の予定が延びて翻訳料の支払いも延期、あるいは、出版が中止になって翻訳料ももらえないまま、なんていう悲惨な話を聞くことがあります。

いざ刊行というときに出版社の判断で発行部数を減らされ、それに伴って翻訳料も微々たるものになってしまった、などという例もあるようです。

私自身は、そこまで大きな被害を受けたことはないのですが、それでも過去にリーディング料や重版印税が支払われなかったり、予想よりもだいぶ低い翻訳料を支払われたりしたことがありました。

それからは「事前に支払い条件を確認する」「納得できないときは交渉する」を肝に銘じています。

仕事をもらう立場としてはとても言いづらいですし、交渉するときは毎回ドキドキしてしまうのですが、幸い、話せばわかってくださる編集者の方が多く、言ってみて悪い結果になったことは今のところありません。

とある外資系の出版社にいたっては、こちらからお願いしなくても、事前に契約書を交わし、訳文を納品した直後に予定印税の大半を支払ってくれました。「出版中止で翻訳料もゼロ」なんていうリスクを考える必要がなくなって、とてもありがたかったです。

会社に縛られないフリーランスを選択した以上、基本的に自分の身は自分で守らなくちゃと思いますが、できれば同業者みんなで「事前に支払い条件(印税率、本の予定部数や予定価格、支払期日など)を確認する」「納得できないときは交渉する」を徹底できたらなとも思っています。

そうしていくうち、出版社が常識的な支払い条件を事前に提示することや、その条件を(翻訳者側に非がないかぎり)きちんと守ることが当たり前になって、フリーランスも安心して仕事に取り組めるようになり、よりよい作品づくりにもつながっていくのではないかと。

出版社なくして出版翻訳者もないので、双方にとってなるべくいい方向に進んでいくことを願っています。

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補足

★私のほかにも出版翻訳の先輩方が、印税率などを事前に確認するべき、低い印税率を提示されたらその根拠となる説明を求めるべき、などとブログに書かれていて、心強く感じました。中には、事前に書面で支払い条件を提示してもらっているとツイートしている方もいました(すばらしい!)。詳しく知りたい方はぜひ検索してみてください。

★2021年3月26日に厚労省が「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」を出しました。正当な理由がなく報酬を著しく低く設定したり、支払いを遅らせたり、一方的に仕事を取り消したりする行為は、優越的地位の乱用にあたる、とのことです。

★「フリーランス・トラブル110番」なるサイトを見つけました。厚労省より第二東京弁護士会が受託して運営しているそうです。当事者同士で誠実に話し合って解決できるのが一番だとは思いますが、困ったときには相談してみるといいかもしれません。