グリーンバーグ『モダニズムの絵画』と現代写実絵画

 芸術批評の典型的な例として、アメリカの美術批評家クレメント・グリーンバーグの「モダニズムの絵画」がよく知られている。グリーンバーグはこの批評において、絵画における「モダニズム」を対象として、それがどのような特徴を持つのか概念の定義を行うとともに、評価できる点について論じた。
 批評のポイントとして、まずアプローチの方法があげられる。それは、イマヌエル・カントによって始められたとされる「自己‐批判」の方法、つまり、ある規律を批判するために、その規律の独自の方法を用いるという内在批判の方法である。その方法で絵画をみた場合、絵画は、それが持つ固有の性質によってとらえられるべきであって、このことにより絵画そのもののあり方や重要な点を再認識することになる。
 そして、絵画がもつ独自かつ固有の領域として、絵画におけるミディアム(媒体)に注目する。そのミディアムを構成する様々な制限のうち、「モダニズム」という概念の最も基本的なものと考えられるのが、支持体の形態からくる「平面性」、「二次元性」である。これこそが、絵画が他の芸術と分かち合っていない唯一の条件であり、他のジャンルから区別し、絵画を絵画たらしめている特徴であると主張する。
 一方で、視覚的な三次元性は認識している。モダニズムの絵画では、絵が絵でなくなり、ただの任意の物体になるぎりぎりまで、条件を緩和できるという特徴がとらえられる。しかし、この単純化された平面性は、全くの平面になることを意味するものではない。モダニズムの絵画は、眼によってのみ感じることができる空間的イリュージョンであり、平面性を意識させながらも、空間性を感じることは排除しないと説いたのである。
 このような観点から批評を行ったグリーンバーグは、ジャクソン・ポロックなどのアメリカ抽象表現主義の画家たちを「モダニズム」の概念でつなぎ、平面性や二次元性の重要性をとらえることで、これらの画家たちの絵画を評価すべきものとして擁護したのである。

 私の好きな絵画のジャンルに「写実絵画」がある。これは、ルネサンス以降に発展した遠近法や明暗法などを適切に使用する典型的な西洋絵画の流れを汲むものである。そのため、写実絵画は、グリーンバーグが説く「モダニズムの絵画」とは正反対のもので、モダニズムが放棄した、三次元の対象が明確に存在し得る空間の再現といえるのかもしれない。しかし、グリーンバーグの「モダニズム」の批評において、写実絵画はすべて否定的にとらえられているのだろうか。
 グリーンバーグは、「絵画の絵画性」という固有の性質である平面性、二次元性を重視した。ルネサンス以降に発展したキャンバス等に描かれるタブローは、二次元であることを当然避けられない。いくら三次元の世界を精緻に再現した絵画でも、鑑賞者は物体としてとらえず、二次元の平面として認識する。写実絵画に対し写真で十分だとの批判がよくあるが、写実絵画への評価は、現実の忠実な再現が主ではなく、絵画としてのテーマや現実を基に理想を描くという平面の絵画らしい独自性にあると考える。
 そして、グリーンバーグは、平面性を意識しながらも空間性をとらえる視覚的イリュージョンをモダニズムの絵画にみた。三次元の空間再現は、絵画の二次元性から引き離すと否定的にとらえているが、具象性や再現性を排除すべきとしたわけではない。グリーンバーグの視点からは、もちろん写実絵画を肯定するものではないが、二次元の絵画は、単純に平面の対象が、抽象的に見えるか、具象的に見えるかという視覚的な違いにすぎないとも考えられる。極端な例だが、1970年代にアメリカの現代アートの一動向であった「スーパーリアリズム」は、写真を利用して「リアリズム以上のリアリズム」を追求し、感情表現を排した極端な記号化を図った。こうした平面における写実の記号化は、一種のモダニズム絵画の考え方を含んでいたともとらえられる。
 このように、グリーンバーグがモダニズムの絵画の中で評価した絵画ならではの特色は、写実絵画においても息づいている部分が存在すると考える。こういう部分があるからこそ、写実絵画は、さまざまな変遷を経ながらも、親しまれ続けているのではないだろうか。

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