近代と現代における恋愛小説の関連性〜『舞姫』と『ノルウェイの森』との比較から〜

 日本の近代小説から現代小説へという展開の中で、その時代特有の状況を背景としながら青年を主人公にして恋愛を描く小説は、主要なテーマの一つとして位置づけられる。
 近代小説の確立期において重要なものが、森鴎外の初期の名作『舞姫』である。ベルリンを舞台に、日本の官僚の青年と現地の可憐な踊り子との悲恋を描いた短編小説である。一方、現代小説の成熟期においてベストセラーとなったのが、村上春樹の『ノルウェイの森』である。主人公が大学時代を回想し、自殺した友人の恋人で精神を病むことになった女性と、大学で知り合った女性との恋愛を通じて、死と生、喪失と再生を描いた長編小説である。
 これらの時代が違う小説は、当然ながら表現方法などに相違はみられるものの、青年期を舞台にした恋愛小説として興味深い関連性もみられる。その内容として、それぞれ激動の時代において、青年が抱えるその時代ならではの葛藤が描かれているという点があげられる。『舞姫』では、西洋に近づこうとする国家で重要な立場にあって、西洋の合理主義を特徴とする近代的な自我の確立を図ろうとする一方で、古い封建的な体制の残滓の中で葛藤するエリート青年たちが描かれる。『ノルウェイの森』では、成熟した大衆消費社会とその反動としての学生運動の激化という時代の中で、都市生活での人生の空虚さに戸惑い、死と生とは何かについて葛藤する青年たちが描かれている。
 そして、一つの恋愛が終わることで再生へと向かいつつも、失われた恋愛がトラウマのように循環していくことも示唆するペシミスティックな心情の流れが存在する。『舞姫』では、悲恋の原因をつくった友人に対する「彼を憎むこころ今日までも残れりけり」という言葉で小説が結ばれており、これからもそういう心情が残っていくことを表している。また、『ノルウェイの森』では、主人公が機内でビートルズの「ノルウェイの森」を耳にし、青年時代の悲しい恋愛を回想していくシーンから始まる。その後も、この曲を通じて混乱や動揺の気持ちが想起されていくことが示唆されるのである。
 このような内容面だけでなく、著者が採る文体といった形式面にも関連性がみられる。『舞姫』では雅文体が用いられており、西洋的な格調の高さ、ロマンチックな感情を表すことで、小説の清新な世界を表現している。『ノルウェイの森』では、登場人物の語りや会話にはウィットに富む表現がみられ、登場人物の行動や感情の泥臭さとは対照的に、おしゃれとも感じられる文体が小説の質を豊かにしている。森鴎外の場合には自身が取り組んだ西洋文学の翻訳の技術が、村上春樹の場合には手掛けたアメリカ現代作家の翻訳のエッセンスが、それぞれの文章に取り込まれ、格調高くおしゃれな恋愛小説を形成している点で、関連性があるといえる。
 このように、近代小説と現代小説における代表的な恋愛小説には、基底に流れる考え方や特徴的な表現に関連性を見出すことができる部分があると考えられる。いつの時代も恋愛は大きなテーマなのであり、『舞姫』と『ノルウェイの森』はその典型的な小説であるといえよう。

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