Flight : 2023.02.11
初めて飛行機に乗ったのはいつだっただろうか。
多分1歳のときかな。両親の新婚旅行で札幌に行ったのが初めてだった気がする。
小さい頃はよく飛行機に乗った覚えがある。
祖父の社員旅行か何かでハワイとオーストラリアに連れて行ってもらった。
父親の社員旅行でもハワイに行った。小学校2年生の頃だった。
学生の頃は山口に住んでいて、東京での就職を希望していたので、就活中は毎週のように授業を蹴っ飛ばして飛行機に乗った。
貧乏学生のわたしはとにかく旅費を浮かせたくてよく羽田空港のベンチでトランジットのお客さんに紛れて寝ていたのを今でも昨日のように思い出す。
東を向いていて、朝になると綺麗な日の出で目が覚める5階展望デッキ前のベンチがお気に入りだった。
4週間ほどマレーシアの大学に留学していたことがある。17歳の頃の話だ。
大それた理由とか何もなくて、ただ海外に行きたかった。
当時は「過労で倒れて入院でもできたら頑張らなくて良い理由になってくれるかな」みたいなことばかり考えていた。
自分が望んで始めた部活動があまりに重たくて思い詰めていたわたしは、目の前にぶら下がる国費留学のチラシに飛び付いた。
部活の先輩には、「国外逃亡です」と笑って話した。
空港が好きだ。
そこにいる誰もが、きっと数時間前、もしくは後には遠い空の先にいる。
ここですれ違った全ての人ともう二度と会うことがないかもしれない。
今同じ場所で同じ空気を共有している人たちは、絶対的に他人で、他人以上の何にもなり得ない。
空港にはそんな刹那的な風が吹いている。
飛んでいく飛行機が東京の風を連れて行く。
降り立つ飛行機が遠いどこかの風を連れてくる。
だから空港の空気はいつでも知らない温度で満ちている。
この東京のどこにもないような広い空を飛び交う飛行機のそれぞれがきっとわたしの知らない街に向かっている。
空席を探して飛び込めば今すぐ知らない街に飛び立てる。
空港に吹く風とエンジンの轟音が、わたしにまだ知らない世界の存在を刻みつけていく。
自分のことを「好奇心の化け物」とかと揶揄することがあるが、「退屈しなさそうだから」なんて理由で今の職場を選んだくせに一頻り遊んで飽きたので退屈しのぎに転職活動をするぐらいだから本当に好奇心の化け物なのだと思う。
母親に「転職しようと思って。たまには環境変えないと退屈」と話したら「ひいらぎは昔からそういうとこあるよね」と笑われたぐらいだ。
肉親のお墨付きである。
手が届く範囲のあらゆるものに手を出しては食べ散らかしている。
創作活動、プログラミング、資格勉強、音楽、旅行、細かく語るとキリがないけども。
仕事ですら3年で飽きて次の会社を探すわたしはいつか「楽しそうなもの」を食べ切ってしまわないか、たまに不安になる。
空港の風は激しくて優しい。常に知らない顔をしてわたしを待っている。
東京を食べ尽くしてしまってもまだ見ぬ地方が待っているし、日本を食べ尽くしてしまってもまだ見ぬ海の向こうが待っている。
無気力なわたしを生かしている好奇心がいつか全てを喰らい尽くすことを想像するたびに怖くなって、そんなわたしの想像を嘲笑うように吹き飛ばしていく空港の冷たい風が心底暖かい。
空港が好きだ。
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