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教会の聖書通読、ローマ信徒への手紙7章から導かれた御言葉(“霊”に従う新しい生き方で仕えるようになっているのです)


教会の聖書通読、ローマ信徒への手紙7章から導かれた御言葉は

「ところで、兄弟たち、あなたがたも、キリストの体に結ばれて、律法に対しては死んだ者となっています。
それは、あなたがたが、他の方、つまり、死者の中から復活させられた方のものとなり、こうして、わたしたちが神に対して実を結ぶようになるためなのです。
 わたしたちが肉に従って生きている間は、罪へ誘う欲情が律法によって五体の中に働き、死に至る実を結んでいました。 
しかし今は、わたしたちは、自分を縛っていた律法に対して死んだ者となり、律法から解放されています。
その結果、文字に従う古い生き方ではなく、“霊”に従う新しい生き方で仕えるようになっているのです。」

( ‭ローマの信徒への手紙‬ ‭7:4-6‬‬)

「わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。
もし、望まないことを行っているとすれば、律法を善いものとして認めているわけになります。 
そして、そういうことを行っているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。 
わたしは、自分の内には、つまりわたしの肉には、善が住んでいないことを知っています。
善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。 
わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。 
もし、わたしが望まないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。 
それで、善をなそうと思う自分には、いつも悪が付きまとっているという法則に気づきます。
 「内なる人」としては神の律法を喜んでいますが、 わたしの五体にはもう一つの法則があって心の法則と戦い、わたしを、五体の内にある罪の法則のとりこにしているのが分かります。」

(ローマの信徒への手紙‬ ‭7:15 -23‬‬)‬‬

「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします。このように、わたし自身は心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の法則に仕えているのです。」
( ‭‭ローマの信徒への手紙‬ ‭7:25)‬‬


この聖書箇所、パウロが言わんとしてることは、長年、私を苦しめてきたので、痛感しています。
人間は常に神様やイエス様を意識し、祈っていなければ罪に支配されてしまう弱いものだと思います。
意識せずに罪に流されていれば楽ですが、その先には様々な崩壊、死が待っています。

でも、神様、イエス様、聖霊様と共に“霊”に従う新しい生き方は、罪に打ち勝ち永遠の命が与えられます。
“新しい命”は罪に流される楽なんて比べ物にならないくらいの“清々しさ”と“軽やかさ”があります。
そして、それを行うのは1人ではなく、聖霊様、イエス様が共にいてくださるという心強さがあります。
感謝です。


導かれた御言葉から聞きたい賛美は
「かがやき」

皆さまの1日が守られますように🍀

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