2022年の名古屋グランパス前半戦総括

長谷川健太の監督就任にあたり…

正直なところ、監督としての長谷川健太に魅力を感じたことはなかった。これまでのスタイルは強いけど面白くもなんともないサッカー、というのが率直な印象であり、正直それは今も変わらない。

長谷川健太は監督として清水時代、攻撃的なサッカーを追求しながらもあと一歩のところで優勝できなかったが、2013年には降格したガンバを率いてJ2優勝、1年でJ1に復帰し、ただちにリーグ優勝はじめ日本人監督として初の三冠を達成したことで、常勝監督の評価を得るに至った。

ところが、FC東京を率いるようになるとオールドタイプの堅守速攻で時代遅れな戦術家という印象が強まった。それでもカップ戦での優勝杯を手にしており、一定の勝負強さはあるのだが。

勝利への執念、リアリズムに徹する事自体は悪いことではない。ただ、面白くもなんともないサッカー、それだけだ。したがって、前任のマッシモと同じような戦術、スタイルになるのではないか、と期待感はゼロ以下だった。

マッシモと大森の負の遺産

2017年、たった1年でJ1に復帰し、翌年は2012年のレイソルのように一気に優勝争いに食い込む展開を期待したものの、結果的には残留争いに苦しんだ2018〜2019シーズンを経て、マッシモ・フィッカデンティが主導権を握って采配を振るうようになった2020年は、間違いなく名古屋サポーターにとって久々に訪れた歓喜のシーズンだった。

守備にかなり比重が置かれるようになったものの、川崎の独走と連勝を完璧に止めた豊田スタジアムでの一戦のように魅せるレベルにまで達したソリッドかつコレクティブな守備の構築には心底唸らされたし、「魅せる守備」は名古屋のサポーターにとっても大きな発見であり学習機会だった。時折見せる攻撃陣の爆発もあり、攻守のさらなるレベルアップに期待がかかった。

ところが、あくまでも比較論と結果論になるが、2021年は2020年と比べて序盤から得点力が激減していた。それでも連続無失点試合の記録を樹立したため、「ウノゼロ」「無失点」と喝采するサポーターも大勢いたようだが、明らかに攻撃面での問題を抱えていた。そもそもサッカーは得点しなければ勝てない競技なのだが。

さらに、リーグ戦での逆転勝率は年間通して0%。柿谷曜一朗や齋藤学といった超がつく高年俸の攻撃的なタレントを獲得したにも関わらず、だ。夏季にポーランド代表のシュヴィルツォクを獲得するまで、得点力には改善の兆しがなかった。年間を通して逆転勝利もACLラウンド16での大邱FC戦、たった1試合しかなく、チームとしての方向性にも完成度にも翳りが伺えた。

それでもルヴァン杯の初優勝という栄冠を手にし、リーグ戦では5位、ACLと天皇杯ではベスト8。普通に考えれば、J1チームとしてはかなり優秀な部類に入ることは間違いない。

しかしながら、名古屋は公開されている業績をみればわかるとおり、チーム人件費はリーグ上位。J2に降格した2017年ですらJ1中位に相当する額だったし、J1に復帰した途端、J1トップクラスの人件費に膨張した。

これにはおそらく親会社にあたるトヨタの世界戦略も関係していて、2021年に日本開催予定だったACLでの決勝進出、さらには継続的なACL出場権の獲得(J1リーグ3位以上あるいは天皇杯優勝)が期待されていたと思われる。

ところが5位に終わり、天皇杯も敗退し、虎の子のシュヴィルツォクがACLでドーピングの判定を受けて活動停止を余儀なくされ、元ブラジル代表ジョーの無断帰国&移籍に端を発する国際的な法廷闘争もあり、マッシモとの契約も先走って延長していたため、一部では退任にあたって違約金が発生したとも言われる。とどめは今季明らかとなった債務超過である。

おそらくスポーツダイレクターだった大森氏主導のチーム編成は「金が掛かる割に満足いく結果が出ない」、つまり失敗とみなされ、詰め腹を切らされたのだろう。それに対して同情は一切ない。トヨタの資金力を背景に選手を獲得し、用がなくなればレジェンドだろうが容赦なく切る、というのが大森氏のチーム編成手法でもあったからだ。

大森氏の手腕は的確な補強もあったが選手の入れ替えが多すぎたし、代表歴のあるビッグネームに多額の年俸を支払うもたいして活躍しないケースも続発していたし、チーム愛のある選手に対して血も涙もない訣別を繰り返していた。最終的には自業自得としか言いようがない。

マッシモも、2020シーズンこそ新たな名古屋グランパスの魅力を引き出してくれたものの、結局は守備偏重で攻撃面での構築が不得意、選手獲得に金がかかりすぎる、という限界を露呈してしまった。

2022年、長谷川健太はハズレを引いた

日本人監督として最多勝利を誇る長谷川健太は、前任者の堅守速攻スタイルを受け継いでタイトル獲得を目指す、という意味では、確かに的確な人選だったかもしれない。しかし、現時点では、ハズレくじをひいたのは長谷川健太だったと思う。

マッシモと大森氏を追放したチームに残っていたのは、2年間に及ぶマッシモの采配で過剰に酷使された選手たちと伸びしろはあれど活躍の場と自信を失っている若手であった。2021シーズンは2020年にも増してマッシモの退行といっても過言ではない保守的な采配により選手の固定化がすすみ、特定の選手への依存度が高まっていた。

マッシモ時代、シーズン前から強度の高いキャンプを行い、柿谷にして「これまでで一番キツい」と言わしめた強度の高いトレーニングを日常的に行い、連戦にも耐えうるタフな肉体づくりを計画していた点は評価に値するが、そのコントロールを失った反動が2022年にやってきたようである。

特に「鉄人」の呼び声高い吉田豊がこれだけ長期で離脱するのは極めて珍しい。同じタイミングで宮原も離脱し、ユース昇格組の成瀬もJ2岡山へ移籍させてしまい、左右に充実していたはずのSB/WBが突如ジリ貧に陥った。その他、長澤と酒井も今季を棒に振りかねない大怪我を負い、CFから中盤までの中央に大きな穴が空いた。

挙げ句、鳥栖のGK朴一圭やマリノスの高丘、神戸の前川や飯倉のようにフィールドを広く使ってプレーをするわけでもないのに、守護神のランゲラックまで肉離れを起こしたのには開いた口が塞がらない。GKが試合中に肉離れで離脱するというのは、正直あまり見かけない珍事である。

移籍加入の河面はもともと大宮在籍時から怪我を抱えていたようだが、ユースから昇格してきた甲田も試合中の怪我で長期離脱しており、とにかく今季の名古屋は怪我人が多すぎる。明らかにチームとしてのコンディション管理には問題がある。

長谷川健太の類まれな「人間力」

ところで私は現在のところ、名古屋の順位にはまったく納得がいっていないし、選手たちのプレーにも不満はめちゃくちゃ多いが、長谷川健太を信頼してみよう、という気持ちで見守っている。マッシモの頃には毎試合、辛辣なコメントを発していたこの私が、だ。

序盤から新型コロナ禍と大量の怪我人続出で、チームとしてはお祓いにでも行ったほうがいいんじゃないかというぐらい、長谷川監督は不運続きであるが、傍から見ていて感心する点が3つある。

第一に、長谷川監督はマスコミを通じて、一切、泣き言と文句を言わない。多少、弱音を吐いたり、審判への苦情めいたメッセージはあったが、基本的に長谷川監督は自らの責任においてチームをマネジメントしており、前任者のように他責の念がない。かといって、風間氏のようにプレーの結果は選手の責任とばかりに突き放し、高みの見物を気取るような態度もみせない。

第二に、個人的にはアウェイのガンバ戦で希望がみえた。スコア上は3−0で完敗だったが、この試合では終始、アグレッシブに攻撃を仕掛ける姿勢を見せていた。エルゴラッソでガンバの番記者でもある下薗さんから「スコアほどの差はなかった」とTwitterでコメント頂いたように、名古屋に運がなく、結果的にワンサイドゲームのスコアになったが、狙いは明確でハマれば魅力的な理想のスタイルの一片をサポーターに示した、と思う。

第三に、若手抜擢とチームの底上げには著しく成功しつつ点である。最も成長著しいのはマッシモ時代にひたすらベンチに座らされていたCBの藤井陽也だが、注目すべきは吉田晃という高卒新人3年目の選手である。サポーターですら「獲得したのはなぜ…?」「スカウト担当、誰やねん」と思うぐらいこの3年間、存在感が皆無で、マッシモはエリートリーグにすら出場させなかった(トップチームと育成を明確に切り分けていたにしても、である)。

ところが今季はエリートリーグを積極的に活用し、出場機会の少ないトップチームの選手やユース出身の大学生を積極的に起用して、選手全員にチャンスを与える姿勢を明確に打ち出している。吉田晃もそこで出場機会を得て、さらには怪我やら病気やらで選手層が激ヤバだった天皇杯の二回戦には初めて公式戦にフル出場し、内容はともかく試合にも勝った。

ユースの若手、あるいはユース卒業後に大学へ進学した出身者まで含めて、チームの選手全員の活躍と成長を促す姿勢は、マッシモ時代のマネジメントとは雲泥の差である。

駅伝やマラソンという地味な陸上競技を描いた名作マンガ「奈緒子」のなかでこんな名言がある(そして、私はこの名言が大好きだ)。

指導とは落伍者を出さないことだ。落ちこぼれと落伍者は違う。落ちこぼれは落ちこぼれながらも生きている。落ちこぼれにも走る権利はある。たとえ表舞台でなくともな。いつかは表舞台に戻れることもあるだろう。何キロ遅れようが何年遅れようが落伍しないことが大切だと思う……………。

原作・坂田信弘、画・中原裕「奈緒子」

マッシモは明らかに吉田晃を落伍者に貶めていた。だが、長谷川健太は吉田晃を見捨てることなく、プロのサッカー選手として輝かせようとしている。この姿勢に、私は心の底から感銘を受けた。

よくよく考えれば、ガンバでもFC東京でもチーム事情が苦しいときに必ず新たな若手があらわれてチーム状況を救っていた。偶然ではなかったのだ。長谷川健太はすべての選手を活躍させるべく、常に準備を怠っていないのだ。

私自身、チーム戦術が古臭い堅守速攻でつまらないサッカーと揶揄していたが、この長谷川健太のマネジメント術には正直、唸らされている。こんなに選手たちを漏れなく愛し、公平にチャンスを与える監督はJ1では稀有だ。

2022年7月上旬の現在、かろうじてリーグ戦では9位、ルヴァン杯と天皇杯も狙える位置にある。今季は例年になく中位から降格圏までの勝ち点差が非常に詰まっており、残留争いに片足突っ込んでいる状況で、しかもW杯が11月に開催されるため、全チームに中断期間というチーム立て直しの猶予が与えられておらず、決して今後を楽観視できない。

しかし、長谷川健太なら選手たちのやる気や潜在能力を引き出し、選手たちも多少時間はかかるかもしれないがそれに応えようと奮起し、チーム事情は改善するのではないか、という期待は、少なくともマッシモ・風間時代より明確に持てる。

なので、目の前の結果が悪ければもちろん厳しいコメントはするが、あまり一喜一憂せず、長谷川健太と名古屋グランパスというチームを信頼して見守ってみよう、と思っている。

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