カルロスの小間物屋

あなたは幽体離脱をしたことがあるだろうか。
私は、ある。
藪から棒に何を言い出すのだ、さてはついに正気を失い怪しい宗教にはまったな……だなんて身構えずまあ暇つぶしに読んでもらえると嬉しい。

科学的なメカニズムみたいなものはわからないが、いきなり夢のない話をすると、とどのつまり夢だ。
哲学でも駄洒落でもない。
私は幽体離脱について白昼夢だとか、インターネットによく転がっている所謂異世界体験と同様の物と考えており、その状態に至る時必ず決まったプロセスを踏むこととなる。

それは私だけでなく、殆どの経験者が同じパターンのようだ。
詳しいやり方なんかはあちこちで書かれているだろうし体力を必要とする為あまりオススメできる遊びでもないから割愛するとして、今日はつい先日、人生で二度目の“幽体離脱”を経て見ることのできた微睡みの世界について話そうと思う。

その日、相変わらず常に寝不足の私は限界を感じて二度寝を試みていた。
ようやくうつらうつらとしてきた頃、異変は起こる。
段々とテンションを上げながら迫りくる耳鳴り、バシッと硬直し動かなくなる体……ああ、金縛りだ。
息苦しさから早く抜け出したくて動かす四肢は情けなく揺れるばかり。
こんな時は勢いよく寝返りを打つに限る!

――気がつくと宙に浮き、眠る自分を見下ろしていた。
元々おかしなくらい鮮やかな夢を見る方だし初めてのことでもない。
これは、楽しまなくては。
私は意気揚々と舞い上がり天井を抜けた。
見慣れた通りと喧騒を引き離し一体どこまで飛べるのだろうと試していると、空に浮かぶ船に目を奪われる。

流石は夢だ。
こんなに古そうな木製の飛空艇なんてイマドキファンタジーでもお目にかかれない。
そんなことを考えながら眺めていたら、デッキからおいでおいでと手招きをする人影を見つけた。
風に流されぬようバランスを取りながら興味本位でそこへ降り立つ。

『やあ、待っていたよ。ようこそ。良ければ仕事を手伝ってくれないかな』
いかにも健康そうな、よく日焼けした男性が笑顔で話しかけてきた。
「いいけど、何をするの?あなたは誰?」
『私はカルロス、この船の船長だよ。雑貨やおもちゃを作るのに手を貸してほしいんだ』
「やる!退屈だったし」

いかにも私好みの提案だったのでそう即答すると、カルロスは満足げな顔をしてからついてこいというような素振りを見せ、私を船内へと招き入れる。
通された部屋は外観よりかは広いもののたくさんの箱が積まれていて雑然としていた。
『オルゴールの修理に積み木の色付け、ネックレス作り。好きな作業をしてくれて構わないよ』

光り物が好きな私は、アクセサリーを作ることにした。
ガラス玉やビーズ、ドライフラワー、宝石のさざれ。
編まれた絹糸や真鍮製の土台に接着剤や工具なんかも受け取って、ちまちまと創作を始める。
いくつか仕上がった頃、隣で別の作業をしているカルロスに問うてみた。

「作ったものはどうするの?」
『もう少しすると大きなお祭りが開催されるから、そこで売るんだよ』
仕上がったペンダントトップに糸を通す私を見ながら彼は続ける。
『大人になるまで生きることが叶わなかったこども達はね、どこへ行くこともできずに延々と労働をするんだ。その対価として貰える硬貨の唯一の使い道がそのお祭りなんだ』

穏やかな表情でいきなり暗い話をされて面食らった私は、布団の上に戻ってきてしまっていた。
まだ金縛りの解けていない体の中で唯一自由な意識が囁く。
(もう少し話を聞いてみたい、かも、しれない)
それから完全に体を動かせるようになるまで、何度も何度も夢と現実の往復を試みる。

数回目の訪問時にはアナスタシアという、10代後半くらいの女の子が現れ隣の机に向かい黙々と編み物をしていた。
真っ黒な髪と淡いグレーの大きな瞳が印象的な美しいその子は、けれど、どこか違和感を感じさせる。
彼女だけではない。
この船にまつわる何もかも、背後に見える国や時代がちぐはぐで、鮮明だけどくすんでいる。
それに何故だか言葉が交わせる。

まあ、結局は私の記憶の寄せ集めなわけだし夢らしいご都合主義じゃないか、いつも通りの面白い明晰夢だ。
勝手な解釈で自己完結させ再びものづくりに励む私の手を、不意にカルロスが掴む。
『疑問があるなら、遠慮せずにきいてくれてもいいんだよ』
優しげな笑顔に、少し影が差したような気がした。

「お祭りは、聞いた感じだとチャリティーイベントというイメージなんだけど合っている?」
『うん、一応そんなニュアンスだね』
「カルロスやアナスタシアはどういう存在なの?」
『私たちは、昔に罪を犯してその償いをするためにこういった活動をしているんだよ』
夢だからってちょっと踏み込みすぎたかもしれないと焦る私の申し訳無さそうな様子に、彼は気にしないでと笑う。

そして、君も同じだろう?と言って私の目をジッと見据えた。
(……え、)
急に言い渡された判決を理解できない。
『確かに君は、我々のように大きな悪事を働いてはいないよ。でも、人を恨んだり憎んだりしたことくらいはあるだろう?それもまた罪だ。程度は違えど、人は皆罪を背負っている』

何か、何かがおかしい。
そんな高尚なことを考えたことが果たしてあっただろうか。
そんな作品や発言を見聞きした経験が?
宗教にもスピリチュアルにも自己啓発にも興味のない私の浅はかな脳みそがこんな幻を作り出す理由があるとすれば、たぶん大昔にオカルト版まとめを読み漁ったことくらいだ。
ならば奇妙な悟りを開かぬ為にやるべきことがある。

「……話の腰を折って悪いし今更なんだけど、なんでそんな流暢な日本語が話せるの?」
『おかしなことを言う。死後の世界には言語の壁なんて邪魔なもの、ないんだよ』
睡眠時無呼吸症候群かな、息が苦しい。
苦しみながら死にたくないので布団に戻りたいんだけど?頼むよ私の本体。
豪快に笑うカルロスと後退りしながらもがく私。

そんな私を後ろから抱きしめて、寡黙なアナスタシアが甘い声色で呟いた。
『帰るのね。この小間物屋で、いつでも待っているから』
インパクトの強すぎるエンディングのおかげで意識を取り戻し、飛び起きる。
一度にたくさんの空気を取り込んだせいでしばらく噎せながらやべえ、やべえ夢だった!!と興奮しつつ私は誓ったのだ。
これ絶対どっかに書く……!、と。

すっかり長くなってしまったが、どうだろうか。
このつまらない話があなたが残暑を乗り切るための手伝いや持て余した好奇心を満たす糧になればと思う。
どうせなら異世界体験らしくペンダントトップの1つでもポケットから出てくればよかったのだが、残念ながらこの話は要約するまでもなくただの夢物語で。
カルロスの小間物屋は、別に私を待ってくれてなどいないのだ。

おまけのメモ落書き。


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