なぜ2当量のBuLiを使うのか?

こんにちは。
大学院入試試験問題にありました気になった反応(Scheme 1)について記していこうと思います。

Scheme 1. 平成30年度 名古屋大学 大学院創薬科学研究科 博士前期課程 入試試験問題 基礎科目 問A小問2 (3)[1]より一部抜粋 

この問題では、強塩基であるn-BuLiを用いて分子式がC5H6の化合物が生成する反応の生成物を回答するものになっています。
反応物と生成物の原子の差分を見てみると生成物は反応物からClとHが一つずつ失っていることがわかります。
なので分子内のどこかのプロトンがn-BuLiによって引き抜かれ、Clが結合した炭素に求核攻撃し、生成物が得られると考えられます。

どこのプロトンが引き抜かれるのか

末端アルキンの水素のpKaはアルカンやアルケンよりも高いため、pKaが35を超えるn-BuLiで容易に引き抜くことができます。
これによって生じたアセチリドが分子内のClが結合した炭素へ求核攻撃して生成物ができそうですが、この場合の生成物は三重結合を含む5員環化合物シクロペンチンで、不安定であるので生成は非常に困難であると考えられます。
また、n-BuLiも1当量で済みます。2当量用いる必要はないはずです。
なので、もう1当量のn-BuLiが作用していると考えられます。

分子内で末端アルキンの水素以外に酸性度の高くなっているところは、プロパルギル位があります(Figure 1)。

Figure 1. プロパルギル位
赤く示したプロトンが引き抜かれる。

反応の生成物

なので、もう1当量のn-BuLiはプロパルギル位に作用してアニオンを生成します。
分子全体では、末端アルキンおよびプロパルギル位のプロトンが引き抜かれたジアニオンとなっています。
そして、プロパルギル位の負電荷をもった炭素がClが結合した炭素に求核攻撃してシクロプロピル基を持った生成物が得られると考えられます(Scheme 2)。
したがってシクロプロピルアセチレンが生成します。

Scheme 2. 反応の概要

反応について

この反応は従来のシクロプロピルアセチレンの合成法よりも簡便な手法として報告されています[2]。
これ以前では、シクロプロピルメチルケトンを5塩化リンを用いてジクロロ化し、強塩基を用いた脱ハロゲン化によって生成する方法がありました(Scheme 3)[3]。
この反応では、2段階での収率が低いこと、生成するHClによるシクロプロパン環の開環を防ぐために低温を保たなければならないことが問題点としてあります。

Scheme 3. 5塩化リンを用いるシクロプロピルアセチレンの合成

この反応の改善策として、ハロゲン化において4塩化炭素を溶媒に用いることや[4]、脱ハロゲン化においてDMSO溶媒中でt-BuOKを作用させることでそれぞれの段階の収率が向上した例があります[5]。
[2]の手法はワンポット反応であることや購入可能な原料から合成できることが利点として挙げられています。

終わりに

反応自体は単純な有機金属試薬を用いるものなので、多くの人にとって簡単な問題なのかもしれません。
ですが、大学院試勉強をしていた時の記憶として色濃く残っていたので、最近になりいろいろ調べました。
この記事では、そこでわかったことをまとめておくために書きました。

[2]によると原料の5-クロロ-1-ペンチンから形成したアセチリドアニオンが2度目の脱プロトン化を受けてジアニオンとなり、その後環化が進行してシクロプロピルアセチリドアニオンが生成するとされていました。

現在では、試薬会社からシクロプロピルアセチレンが販売されているため[6]、自前で合成することはないかと思います。

参考文献

[1]  平成30年度 名古屋大学 大学院創薬科学研究科 博士前期課程 入試試験問題 基礎科目, 基礎科目.pdf (nagoya-u.ac.jp)
[2] E. G. Corley, A. S. Thompson, M. Huntington, "CYCLOPROPYLACETYLENE", Org. Synth. 2000, 77, 231.
[3] C. E. Hudson, N. L. Bauld, "Quantitative analysis of cyclopropyl .beta. hyperfine splittings", J. Am. Chem. Soc. 1972, 94, 1158.
[4] W. Schoberth,M. Hanack, "Eine einfache Herstellungsmethode für Cyclopropylacetylen", Synthesis 1972, 703.
[5] J. Salaün, "Preparation and substituent effect in the solvolysis of 1-ethynylcyclopropyl tosylates", J. Org. Chem. 1976, 41, 1237.
[6] Cyclopropylacetylene 6746-94-7 | 東京化成工業株式会社 (tcichemicals.com)tcichemicals.com. Accessed  19 February 2023.


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