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「ガラスの向こうから」・・・やってきたものは一体何だったのか。


何不自由なく暮らす高層マンションの住人に怒った事とは。

*一部改訂

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「高層マンションの青いシート」 作・夢乃玉堂

コンパの二次会の後、終電を逃したので、
同期の会田健の部屋に泊めてもらう事になった。

「へえ。高層マンションか。良いな、親が金持ちっていうのは」

会田の父は地方の医者で、四つ年上の兄が亡くなり、
会田が家業を継ぐことになり、来年から医学部へ編入する予定だ。
これまで以上に課題や実習で忙しくなる。
今夜は羽目を外せる最後の機会だったのだが・・・

「良くないよ。別に」

会田は最近この調子で、座をしらけさせることが多かった。
これまではパリピの代表のように、明るく振舞い、
親ガチャのありがたみを力説して同輩の顰蹙を買いながらも、
その場の女子を必ずお持ち帰りするしていた。
まあ、豪胆なおぼっちゃまなのだが、取り巻きの数人は
そのおこぼれにも預かっていたので、何も言う事は無くおだて上げ、
会田がその非道ぶりを反省する事は無かった。

そんな会田が変わってしまったのは、
何か理由があるのか、そんな話もしたくて俺は
嫌がる会田を説得し、半ば強引に会田の部屋にまで押しかけたのだ。

会田のマンションは地上32階。
湾を見下ろす最高の眺めが売りだった。
だが、俺はすぐに会田の部屋の異常さに気付いた。

ゴミ一つ無く奇麗に整理整頓され、
モノトーンで統一された家具が置かれたシックな部屋。
外に面した壁一面が6枚並んだ嵌め殺しのガラスになっていて、
その前に立つと、幅6メートルほどの広い窓から、下界を見下ろすことが出来る。

その窓が異常だった。

6メートルの真ん中程、高さ2メートルくらいのガラス一枚分が、
不釣り合いな青いビニールシートで覆われ、
ガムテープで頑丈に目張りされている。

「何だいこれ、穴でも開いてるのか?」

俺は覆われた窓に近づきガムテープの隙間から、窓を覗いてみた。
ガラスが割れているような様子はなかった。
シートは目隠しなのだ。

「開けるな! 見られたらどうするんだ!」

会田は物凄い力で俺の肩を掴んで、窓から引き離した。

「あ。ごめん。見ちゃマズかったのか」

「いいから。今日はもう寝よう」

家主である会田がさっさとベッドに潜り込んでしまったので、
仕方なく俺はソファーに横になった。

ソファーは窓に背を向けるように置かれている。

「広いリビングなんだから、窓の外を見られるように置けばいいのに」

横になって目をつむっても、会田が変わってしまった理由が
この部屋にあるのでは、など考えてしまい、俺は全く眠れなかった。
疑問が次々と頭に浮かび、何一つ解決しないまま、深夜を迎えた。

「キキキッ」

背後から神経を逆なでするような音が聞こえてきた。
何か硬いものを引っ掻くような音だ。
俺は直感的に、あの青いシートが貼られている窓から聞こえている、と直感した。
何か固いものでガラスを引っ掻く、あの気味の悪い音。

俺は半身を起こして、ソファーの背もたれから顔を出し、窓の方を見てみた。

「キキキッ」

音はさらに大きくなった。

灯りの無い室内に、どこからか光が射すのだろうか、窓の青いシートだけが
うすぼんやりと光っているように見える。

シートと窓の隙間、ガムテープで目張りしているその下から、
たくさんの何かが蠢いている。

それは、いくつもの細い女の指だった。
宝石を付けたようなネイル、何色にも塗り分けられたネイル、
血のように真っ赤なネイル。
それらの指が、青いシートを引っ掻いている。

やがて、指はシートをバリバリと破っていった。
指が作ったシートの隙間から、真っ黒な都会の夜の景色が見える。

いや。それは夜の景色では無かった。元からシートの無い窓からは
街の明かりが星空のようにキラキラと輝いて見える。

シートのある窓だけが真っ暗だ。
そして、シートが半分ほど剥がれると、その理由が分かった。

青いシートの向こうでは、引っ掻いている指の何十倍もの数の女の手が、ガラスに貼りつくようん蠢いていたのだ。
しかも、その全ての手の平には大きく見開いた目があった。


そのまま俺は意識を失い、気が付けば朝だった。

窓を見ると、青いシートはまだ窓にあった。
しかしそれは、貼り替えられたように真新しい。

「おはよう。コーヒーでも飲むか」

暗い表情の会田が起きてきて、コーヒーを入れてくれた。
その後俺は、会田と全く会話を交わさないまま、
早々に高層マンションを後にした。

翌年、医学部に編入した会田だったが、
いつも寝不足で成績はがた落ちだという。
しかも、それまでの悪行が教授の耳に入り、
「医師としての資質に欠ける!」と叱責され、ついには留年したという噂を聞いた。

会田を良く知る連中は、「当然だろう。あんな奴が医者なんてな」と話している。昨日まで取り巻きで褒めていた連中もだ。
しかし俺も同じ様に思った。

「当然か・・・」

俺はあの青いシートの貼られた窓を思い出していた。

           おわり


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