新卒者の未払い残業代請求はあんまり割に合わなかった

 新卒での入社はハードルの一つに過ぎず、実際に就職すると様々な障害が矢継ぎ早に出現してくる。それらが原因で、会社を辞めるという選択肢を取るのも致し方ない事である。


 社員数十人の中小企業。面接時に会社の雰囲気や面接官の態度から「何かヘンだ」という直感は働いてたものの、素人の直感だし就活鬱なりかけで正直しんどいしと思って採用通知が来たソコに決めたのが運の尽きであった。

 入社して1ヶ月はまだ良かったが、その後は上司にガチ詰めされるわ長時間違法労働させられるわで散々な目に合った。最後に配属された部署で「殺してやる」と脅しをかけられた時点で「もう辞めたる」となって辞めた。

 辞めたはいいが根に持つタイプなので、意趣返ししないと気が済まんという気持ち7割と金がほしい気持ちが3割で未払い残業代請求をする事にした。

 根拠もなくスンナリ行くかなと思ってたら、割と手間がかかる事態が続出したので、記録と所感をここに記したいと思う。

 もちろん、未払い残業代請求なんて個々人によって状況が全く異なるから、体験から一般論を語ろうとしても殆ど無駄だろう。だから、この体験談も「これが日本の勤労環境の全てだファッキンジャップ!」と言える程のものではないし、完全に正しい認識の元で行動してるとも言い難い。

 これはほぼ無手の若者が会社に喧嘩フッかけたらどういう事になったかという1ケースとして見て貰えると幸いである。ちなみに特定を避ける為に本筋から逸れない程度の改変はしているというのを頭に置いて見ていただきたい。


タイムカード無いんですけど

 詰んだ。


 残業代請求は

 ① 簡易書留による請求                        ② それが駄目ならば労基署を使う                   ③ これでも駄目ならば弁護士を使う

 という三段作戦で展開するつもりだった。

 違法労働を公的に証明する為にはアイツ違法労働してますぜという物的証拠が要るんだが、前提として会社はその物的証拠を操作できる立場にある。

 もちろん、ブラック企業が律儀にタイムカードなんて七面倒臭いものを設置しているはずがない。ブラック企業はブラックであればあるほど証拠が残らない。芸は身を助けると言うが、ブラックも極めれば闇と同化して認知されなくなる。

 しかし、やられてばかりではいられないので、こちらも出来る限りの用意はした。具体的に言うと入退社時間のメモと撮影時間と場所が記録されるカメラアプリで入退社時の本社を写したデータである。後者は念のために撮ったものであり、重要なのは記録として残してある前者だ。ぶっちゃけ入社一週間ぐらいで辞める事を視野に入れていたので、手元にはほぼ全ての記録が揃っている状態であった。この判断の早さが後に生きる事になる。


 しかし出退勤記録が個人で書いたメモだけでは決定力が欠ける事は否めない。こっちとしては簡易書留での勧告のみで相手がビビッて素直に支払ってくれればコストが一番安くて済む。というわけで、まずは「払ってくれないと労基署行きますよ。手紙で返答下さい」という内容で簡易書留を出した。自分で計算した残業代しめて約50万を請求し、返答を待つ事にした。

 が、ここで予想もしなかった事態が起こる。


もしもし、わたしブラック企業ちゃん

 それはちょうどバイトの休憩時だった。突然、スマホの着信音が鳴った。知らない番号だったが、非通知では無かったので電話を取る事にした。

 出れば「暁太郎さんですか?」という老人の声。誰これ。と思った瞬間「◯◯社の社長ですが」と聞いてギョッとなる。手紙で返答しろ言うたやろ。

 突然すぎて、ボイスレコーダーを使うのすら忘れてしまったのはかなりの失態であったが、会話の内容を要約するとこうである。


「貴方のやっている行為は脅迫行為であり、こっちには弁護士がついているので訴訟も辞さない構えである。今すぐにでも謝罪し、要求を撤回するように」


 あまりに自信満々に言うものだからもしかしたらコッチが間違ってるんじゃないかと一瞬錯覚するほどだった。こういう時に弁護士を使うぞと脅しをかけるのはほぼ間違いなく虚仮威しなのだが、それがわかっていても、実際こういう目に会うと結構心配になる。

 念を入れて厚生労働省の総合労働相談コーナーに上の内容を電話で相談してみた。すると、相談員の方は「私は基本的に中立の立場だけど、流石にそれは会社が悪質すぎる。自信を持ってやっていって欲しい」とお墨付きを貰ったので、遠慮なく労基署に行くことにした。

 しかし。


あーっと労基署くんふっとばされたー

 「ブラックすぎて逆に証明出来ませんでした」っておま…。

 管轄内の労基署に相談に行った時点で「明らかに人手足りてないし若い奴ばっかりだしこれはもしや?」と予感はしてたんだが的中してしまった。

 労基署に実際に労基法違反として報告しに行くと、対象の会社に監査員が入る事になる。それで労基法違反の証拠を見つければ「ココ駄目だから是正して下さいね、残業代も払ってね」みたいに言うが、これには強制力がない。つまり、相手方が労基署の勧告を無視しようと思えばいくらでも出来る。一応、労基署にも逮捕の権限はあるが、そこまで実行されているかと言うとそうでもない。厚生労働省のデータでもここ数年の書類送検数は毎年1000件程度しかない。


 自分の場合、監査員の方によると「そもそも就業規則を作ってなかったのでその点はアウト。でも残業代については労務管理があまりにも杜撰すぎて、逆に確たる証明が出来ない」という結論になったとのこと。強制力がない組織ゆえにこうなるのも必然といえば必然なのだろうが、流石にこの結果は堪えた。

 結局、今まで真っ白だった就業規則を書かせるだけという不出来な息子に宿題やるよう叱るママみたいな成果しか出なかったのだった。

 こうなってくるといよいよ弁護士に頼むぐらいしかやることがない。

弁護士、すごい楽

 今までの行動ならば、個人でも十分に可能だが、裁判やるかやらないかとかいう段階になると、個人ましてやロクに金も余裕もない若造じゃあヘタに動くより実入りが多少減ったとしても他人に放り投げた方がいい。確かに今は労働審判とかユニオン使って団体交渉とか色々と選択肢はある。でも、それらをやる場合、どうしても自分が動かないといけない。それも短くはない期間。

 転職活動はしなくてはならないし、その間の生活費も稼がないといけない。たかが50万、されど50万、しかし50万だ。少なくない金額ではあるが、全ツッパでもぎり取ろうとするには割に合わない金額でもある。

 ここで問題になるのはどの弁護士を使うかだ。どれだけの費用がかかるのかとか、報酬体系がどうなっているのかは弁護士によって色々違う。割とこれの選定に時間がかかる。法テラスを使う選択肢もあるし、普通に探すのもアリだと思うが、いずれにせよ博打と思う。

 僕の場合、ユニオンに相談に言った際に紹介してもらった弁護士を雇った。完全成功報酬制にしてもらい、前金は一切なしという風にしてもらった。自分的には割と破格だと思っている。

 その弁護士からアドバイスを貰い、上記の資料と共に電車の交通系ICカードから、改札口の入出記録をカード会社から入手するように指示された(会社が駅のすぐ近くにあったので、証拠として妥当と判断されたため)。

 言われた通りの資料を手に入れ、それを渡すとサッと正確な残業代の計算をしてくれて(自分で計算したよりか金額が多い)、バッと相手方に勧告をした。そこからはお互い弁護士を通じて連絡を取り合う事になる。こちらも、状況が進展する度に逐一報告を受けた。プロに案件を投げる時の安心感たるや、とてつもない。全てが自動で進んでいく快楽は代えがたいものがある。やはり外注が一番良い。

 しかし、ここまで読んで貰った諸兄なら何となく理解してもらえるだろうが、弁護士を使っても相手は簡単に首を縦には振らなかった。そりゃあもうゴネるゴネる。とかく連絡は遅れるし、金を払おうとしない。交渉は困難を極めた。

 粘りに粘り、最終的に決着がついたのが35万という額だった。それ以上は恐らく裁判まで行くだろうという弁護士の見立てだった。交渉から裁判に移行すると、打ち合わせやら裁判費用やらはかかるわ、最悪1年以上も時間を使う事になる。悩んだ末、15万の為にそのリスクを背負うのも勘弁したいので、その額で同意する事になった。

会社を相手にするという事

 こんな所である。だいたいここまで来るのに半年ぐらいかかっている。

 35万から弁護士への報酬の半額を引いて、手元に戻ったのは20万円。もちろん、若い身では馬鹿ならない金額ではあるし、最終的な収支としてはプラスなのだから、悪い話ではない。でも、個人的にはあれだけの出来事のエピローグがこの金額というのもしょっぱい。弁護士にしたって、少なくない時間を割いてやってもらって15万円である。何か申し訳ない気すらする。

 ツイッターとかだと「何か合ったときは労基署に駆け込む」というのは常識になっていて、それは正しいと思うが、実際はそれだけでは終わらない可能性は大いにある。

 個人的な教訓としては、労基署がダメだったら諦めるか速攻で弁護士を使えという所に落ち着く。個人差は当然あるが、基本的に金銭的時間的な余裕のない若者が会社を殴るというのは可視化しづらいリスクが割と転がっている。

 しかし「泣き寝入りしてとっとと諦めた方がコスパが良いんだな」というのがこの記事の結論ではない。例えば、未払い金額が三桁まで達してるとかなら、十分元は取れるからやった方がいい。

 それに、訴えをやめた方が良いとも思わない。少なくとも労基署を使う所まではコストはかからないのだから、ダメ元でやってみる価値は大いにあるし、「自分には訴えがある」と声を上げるのは決して無駄にはならないと思う。

 今の時期、新社会人として会社に入った人も多いだろう。ブラック企業を引き当てた人も少なくないかもしれない。理不尽な目にあって、辞める人もいるかもしれない。悔しい思いを見過ごす事が出来ない人もいるかもしれない。それでいいと思う。気持ちがあって、自分の現状と照らし合わせて行動すると決めたのなら、大いにやると良いし、それを応援したい。

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