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「東京通過②」(須藤蓮)~【帰ってきた!「逆光の乱反射」】

逆光の乱反射』は映画『逆光』の配給活動が巻き起こす波紋をレポートする、ドキュメント連載企画です。広島在住のライター・小説家の清水浩司が不定期に書いていきます。

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冬の東京で『逆光』チームを襲った「ホームの洗礼」。

「ここでは絶対負けられない」というプレッシャー、「知り合いの前でアツいこと語るの恥ずかしい」という迷い……再び湧き出した勝ちor負けの価値観に次第に須藤は追いつめられていく。

そして迎えた1月8日――

その時期、12月18日から公開がスタートした渋谷ユーロスペースは4週目に入り、1週延長という話が出ていた。そして前日にアップリンク吉祥寺での上映開始。客観的に見れば何も悪くない、むしろ快調と言っていい状況だった。

しかし須藤はあせっていた。

やばい、やばい……足りない、これじゃ足りない……。

「圧倒的な結果を残さなければらない」という気負いの前ではどんな客数でも足りなく思えた。どれだけ人が来ても不安で、どこまでいっても満足できなかった。

そんな中、須藤の元にメールが届く。前日上映がはじまったアップリンク吉祥寺の劇場スタッフからだった。

「上映終了予定1月20日となっている『逆光』の件ですけど――」

それを見たとき、須藤の心の何かが切れた。

須藤はアップリンクでの公開を当初3週間、1月27日までと思っていた。しかし実際劇場との約束は2週間で1月20日まで。劇場スタッフはそれを踏まえてメールを書いたのだが、すでに冷静さを失っている須藤はそれを悪い方向で捉えてしまう。

――公開初日の動員が悪いから3週間の予定が2週間で打ち切りになったんだ……!

「あ、負けた……俺、死んだわ」

何の感情も動かない。何のチカラも湧いてこない。

ゲームセット。

ジ・エンド。

須藤はブラックアウトに飲み込まれてしまう。

このとき彼は中目黒LOUNGEというカフェで『逆光』の仲間と一緒にいた。パニックになった須藤は、どうしていいかわからず4時間、ずっと震えていたという。写真家の石間秀耶は彼を見て「これ、完全にウツ病だね」と言った。人間として機能停止するまでの状況は、これまでの人生で経験がなかった。

ゆっくりと、やっと戻ってきた思考の中で最初に思ったのは、

「謝ろう」

ということだった。

脚本家の渡辺あや、自分を信じて付いてきてくれたスタッフに謝って、その後入っている舞台挨拶はキャンセルさせてもらおう――そう考えた須藤は、携帯電話を持ち上げた。島根にいる渡辺に電話をかけた。

想いを告げる声は大きく震えていた。

意外だったのは、「そうだね……休みな」と言ってくれると思っていた渡辺がそれを許さなかったことだった。渡辺は冷静に須藤に話し掛けた。「まだ終わってないよね?」「全然限界じゃないじゃない」「休んじゃだめでしょ」……

あのとき「休んでいい」と言われていたら、二度と立ち上がれなくなっていた――と須藤は思う。渡辺は冷静な言葉と感情で須藤の心をノックし続けた。その冷静さがやがて伝染し、思い込みの檻の中から彼を引き上げた。

そして須藤のことを心配した永長優樹がLOUNGEに到着。アップリンクが上映延長を検討していることを伝え、やっと自分の勘違いと思い込みに気付く――。

それが須藤いわく「アップリンク・ショック」。

こうして振り返ってみれば、単なる早トチリのおっちょこちょいという笑い話にすぎないようなことである。

しかしそれは裏を返せば、当時須藤がそこまで追い詰められていたということだ。彼にとって東京公開は、一歩間違えれば奈落の底に落ちるような大勝負だった。自分が完全に否定されてしまう瀬戸際だった。だから彼は些細な勘違いで「一回死ぬ」ほどの仮死状態に陥ったのだ。

そこから「こんなに追い込まれるのは何かが間違ってたのかも?」って考えはじめるんです。やっと数字以外の部分に目が向きはじめる。それで「東京では出会った人、目の前の人を大事にしてなかったな」ってことに気付いて。そこから東京公開への取り組みが変わっていきました
やっぱり人と人との出来事や目の前で起きたことを喜べないとモチベーションがなくなるんです。それを目標にやってきたんで。何のためにやってたのか見失ってたんですよ。「結果を出してあこがれてもらう」に傾いちゃうと結果が出せないと失敗になるし、恐怖との勝負になるんですよね

そこでまずはじめたのが、「劇場の人と仲良くなること」だったというのが面白い。

「そういえば俺ら、劇場の人の名前、憶えてなくない?」って言われたときに「そうだな」って思ったんです。いつの間にか「劇場スタッフ=対クライアント」みたいな接し方になってて。「やっぱり人対人で接しないとダメだよね」って気付いたときから気分がやわらかくなって、劇場に行くのが楽しくなりましたね (永長)

まさに目の前の人=劇場スタッフにきちんと向き合うことから、彼らの人間性回復運動はスタートした。

結局、吉祥寺アップリンクでの上映は当初の2週間から延長、延長を重ね、6週間まで拡大する。

それよりも嬉しかったのが、アップリンクにネギシさんっていう女性スタッフがいて、その方が最終日の舞台挨拶のとき「この映画をこの時期にうちでかけてもらえて本当によかった」と泣いてくださったこと。人が素直になれる瞬間って東京ではなかなかないし、放っておいてそうなるほど簡単な街ではないけど、人と人である以上、そういうことは必ず起こるんだなって。自分がブレずにそこを突き詰めていけば、僕らに合った人はそういうふうに解放されていくのかもしれないって思ったんです

人を“機能”として見るのではなく、お互いが“人自身”として認め合うこと――確かに、それが『逆光』の持つテーマのひとつであり、効率主義が幅を利かす東京という街に対して彼らが突き付けたメッセージだったのだろう。 (もう1回くらいつづく)


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