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「監督以前③」(須藤蓮③)~【連載/逆光の乱反射vol.18】

『逆光の乱反射』は映画『逆光』の配給活動が巻き起こす波紋をレポートする、ドキュメント連載企画です。広島在住のライター・小説家の清水浩司が不定期に書いていきます。

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ずっと逃げていた勉強に向き合うスイッチが入ったのは突然のことだった。

きっかけは僕と同じように英語ができなかった奴が、急にできるようになったことだった。彼は3ヶ月みっちり勉強したことで、確実に学力を向上させていた。自分が置き去りにされたショックもあったが、「もしかしてオレもやればできるのかも?」という気持ちが湧いた。これまで「ムリなものはムリ」と諦めていたが、「もしかして……」という期待感は勝手に大きく膨らんでいった。

それまで興味ゼロだったことでも、一度火がつくとトコトンまで突き詰めてしまうのが僕のいいところであり悪いところだ。その日から僕はまわりの頭のいい奴らに「どうやったら英語ができるようになるんだ?」と勉強の仕方を聞いて回った。やるとなったら手段は問わないし、まずは模倣から――それは映画作りでも活用した僕のメソッドで、僕は言われるがまま参考書をかき集めた。3年生になる直前から1日8時間ペースで勉強をはじめた。

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ここで僕は1人目の恩師に出会う。その人はZ会の名物講師である鈴木正人先生。学習意欲に燃えている僕は「鈴木先生の講義を受ければ必ず合格」というネット記事を発見した。すぐに先生が教鞭をとる渋谷校舎に入り込むと、まずはやる気を示そうと参考書10冊を机に積み上げて先生の登場を待った。

やがて先生が入ってきて、僕に気付いた。

「おまえ、その参考書全部捨てろ」

「ネックレスはずせ。ピアスもはずせ」

僕は会った瞬間、この人のことは信じられると思った。僕は自分がウソをつくので、他人のウソにも敏感だ。鈴木先生の言葉にはウソがなかった。僕のことを見透かし、正面からぶつかってくれた。初めての信じられる大人との出会い……それが僕には嬉しかった。

僕はすぐに参考書をしまい、ネックレスもピアスもはずした。

次の日から僕は一番前の席に座り、鈴木先生の言葉を一言も聞き漏らさないよう聴講した。話している内容はまったくわからなかったが、先生は「オレの言うことを丸暗記したら絶対大学に受かる」と言う。僕からの質問はまったく受け付けない。しかしその厳しさがむしろ心地よかった。僕は先生に言われるがまま、英単語『DUO』に載っている例文235個を最初から最後まで丸暗記した。

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3ヶ月後、僕の英語の偏差値は28から68~70まで跳ね上がった。BE動詞すらわからなかった人間が、面白いように点がとれた。

それは僕にとって、初めての成功体験だった。やったらできた。達成できた。生まれて初めて勉強が楽しく思えたし、結果が出たことでますますそれにのめり込んだ。子供の頃の虫を調べているときの楽しさが、よみがえってきたような感じだった。

それに連れて周囲の見方も変わった。「あの須藤が!?」という同級生の眼差しが快感だった。教師も何も言わなくなった。ただ、そんな状態でも金髪とピアスはやめなかった。「金髪でピアスなのに勉強もできる」が僕の新たなアイデンティティになった。

一体あの反転は何だったんだろう? 中学、高校と続いた最悪の5年間と急浮上した1年間。あれほど腫れ物を触るように僕を見ていた親や教師が、突然応援してくれるようになった。家も学校も居心地がよくなった。

高3の受験勉強、僕の目標は「自分が行ける一番難しい大学・学部に行く」、それだけに定められていた。学部の種類や中身などどうでもいい。これまでずっと負け続けた偏差値ゲームに、やっと勝機を見出したのだ。だったらその偏差値ゲームで勝つしかない。徹底的にやるしかない。その延長線上にある年収ゲーム、尊敬される職業に就くというセレブゲーム……勝負のフィールドはそれしかなかった。

それ以外の生きる場所など他に何があるのだろう?

受験は最後は楽勝だった。合否判定のレベルを超えて「そんなとこまで出るわけねーよ」という領域まで知っているのが気持ちいいというMっぽい段階まで達していた。

慶応、上智、早稲田、すべて合格。僕はそれらの合格通知を持ち、中指を立てて写真を撮った。それをツイッターに上げたら炎上した。

炎上など上等だった。僕は勝負に勝ったのだ。積年の恨みを有名大学ストレート合格という形で晴らしたのだ。

そのとき僕は幸せの真っ只中にいた。18歳の春、僕に怖いものはなかった。すべてが自分の思いのままになるという全能感に頭の先から足の先まで浸かっていた。(つづく)

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