戸籍の読み仮名記載と自分への影響

戸籍と読み仮名

こんな記事が発表されていました。戸籍に読み仮名を届け出させるという話です。
じつは2023年現在の日本の戸籍制度では読み仮名を記載していません。
戸籍に載っているのはその文字だけ。なので「中島洋子さん」という方がいるとすると、戸籍には「中島洋子」としか書かれていなくて「なかしまようこ」なのか「なかじまひろこ」なのかがわからないということになります。もちろん本人に問い合わせればわかりますし、本人は「ようこ」なのか「ひろこ」なのかどちらかで名付けられてそれしか使っていないので、記載するように求められれば「なかじまようこ」さんならそう届け出ればいいだけでしょう。
ちなみに名前に平仮名や片仮名が入っている場合、例えば「中島ひろ子」さんなら「ひとこ」しか読みようがないじゃないかとなります。戸籍にも「ひろ子」で記載されています。

文字しか記載されていないので、たとえば洋子さんが「ようこ」で育ったけれども「ひろこ」と名乗りたければ可能でした。大阪市であればたしか住民票に記載できるので「中島洋子なんですが、なかしまようこなのをひろこに変えたいんです」というのが可能です。戸籍じたいをいじくるわけではないので手続きもすぐです。そして難しくありません。

では「ひろ子」さんはどうでしょうか。さきほど「ひろこ」しか読みようがないよね、と述べましたが、裏ワザがあります。戸籍はただの文字列でしかないので、戸籍が「ひろ子」でも「私はようこです」と言って、住民票に「ひろ子(ようこ)」と読み仮名を登録することだって理論上は可能です。もっといえば「ひろ子(じょあんな)」だってできます。本人がそれで良ければですが。

とにかく戸籍というものはひらたくいえばただの文字列でしかないわけで、それをどう読むかは自由なわけです。
というのを覚えておいて僕の話を聞いてください。

帰化、そして(再)改姓

僕は大韓民国の国籍をもち特別永住者という身分をもって生まれました。いわゆる在日韓国人、三世です。
在日韓国人を含め、特に東アジア系の在日外国人は日本語の名前、通名(通称名)というのを持っています。この通称名は在日韓国人や在日台湾人でいえば、日本植民地時代の皇民化政策の一環で創氏改名というものが施行されたことがはじまりで、ようは日本人みたいな名前にしろということです。僕の通名であった岩本も創氏改名で祖父の代から名乗り始めました。韓国語の本来の姓は李です。

解放後の韓国や台湾では通名を使う必要はなくなりましたが、日本に残った人たちの多くは名乗り続けました。いまは在日韓国人や在日台湾人であることの不具合は表向き殆どないので通名の使用をやめたという人もいますが、殆どの人たちは通名で生活しています。そして僕もご多分に漏れずふだんは岩本で生活し「韓国語の名前は李らしい」ということで小学校に通っていました。

10歳のとき、家族全員で岩本の名前で日本国籍に帰化します。ふだんから岩本で生活しているからなのですが、僕にとっての不具合はこの先でした。

僕は小学校は地元の公立学校で岩本の名前で通っていましたが、中学・高校を韓国学校で過ごしたのでここでは「李」で通っていました。
この時期は一日の生活の殆どを過ごす学校で李でしたが、外では岩本を使わなければならないことになります。もちろん在日の同級生たちにはそういう人も少なくありません。僕はこの時期に自分は岩本ではなく李であるということで、日本国籍のまま李への改姓を決意しますが、二度ほど蹴られたりだなんだりで24歳のときに晴れて「李」に改姓することができました。改姓のためにかかった費用は20万円です。

戸籍とパスポート

さてここから先は下の名前も含めて僕の名前が「岩本明博」から「李明博」ということで話を進めたいと思います。元大統領閣下の名前を少々お借りしますね。

韓国籍だったときはLEE MYUNG PAK、日本国籍になり岩本明博だった時代に取得していたパスポートにはIWAMOTO AKIHIROと記載されていました。僕が20万を費やして李に改姓した理由はこの時代に外国に行きまくっていたというのがあるのですが、長くなるのでまたの機会に書きます。

戸籍の姓の部分が「李」になり、姓名通しても「李明博」になったので、ではパスポートをまたLEE MYUNG PAKにしようとパスポートセンターに手続きに行ったのですが、ここでダメだと言われました。
具体的には「李」の部分は変わったので変えられるけど「明博」は変わっていないのでAKIHIROのままでないといけないというルールだそうです。意味がわかりませんし旅券法がどうなっているのか知りませんが、戸籍がただの文字列である以上そういうことになります。もし名のほうを少しでもいじくっていればそれもパスポート上で変更できるとのことですが、とにかく名の部分はなにも変わってないからあかんのだそうです。
というわけで僕のパスポートにはLEE AKIHIRO(MYUNG PAK)と記載されています。この括弧は特例で、書いてあるだけでICチップ内には載っていません。正式にはLEE AKIHIROでしかないということになります。また余談、李もヘボン式ローマ字RIでないといけないそうですが、韓国領事館に「こいつは帰化前はLEEだった」という証明を出してもらって例外措置になりました。

これは中島洋子さんがNAKASHIMA HIROKOでパスポートを作ったあとで「ひろこ」を「ようこ」に読み方を変更したとしても、いちどHIROKOでパスポートを発行すればもう変えられないそうです。その中島洋子さんが岡田さんと結婚して岡田洋子さんになった場合でも、OKADAにはできるけど洋子の部分が変わっていないのであかんのです。どうしてもYOKOにしたければ陽子にでも改名するしかありません。またまた余談、戸籍の改姓も改名もクッッッッッソ面倒くさいです。

読み方の使い分け

僕は名実ともに李明博になったのでいまはこの名前しか使っていないのですが、読み方がふたつあります。まずは韓国語読みの「い・みょんばく」と、この漢字を日本語読みした「り・あきひろ」です。
僕は韓国語読みのほうを採用したいのですが、この名前にはひとつ不具合があります。殆どの場合、初見で「いみょんばく」と読めないのです。そして読み仮名を書いても読みにくいこと。
そういった事情もあり、僕は読み仮名を求められる場面では「りあきひろ」と書いています。ちなみに大阪市の住民票もりあきひろです。

「いみょんばく」は李明博をそう読んでくれる場所、まずは在日韓国人団体や在日韓国人絡みのサービス、戸籍が絡まないSNSなど、そしてなにより学術的な場面で使用しています。
ことしの四月から大学院に進学しますが、こちらの名前は「いみょんばく」で届け出ています。こちらが僕の名前の正式な読み方なのでこれを使うのが当たり前なのですが、このへんの読み方にはまだ融通の効くアカデミックな世界で使うのが中心です。教会の名簿は「いみょんばく」ですが「いさん/い君」はみんな発音しにくいので「り」と呼んでいます。
日本語読み「り」か韓国語読み「い」のどちらかだけでも統一したほうがいいのですが、そうもいかない事情がパスポートです。その気になればすべて「いみょんばく」で統一できなくもないと思いますが、パスポートがいまの状態ではテコでも動きません。

戸籍を韓国語読みに戻した当初、すべて「いみょんばく」で統一するつもりでしたが、李明博をそう読むのが難しく発音しづらいという事情から便宜的に「り」にしたのです。病院の診察券なんかはカードを作り替えました。クレジットカードや銀行は何度も買えると怪しいので「LEE MYUNG PAK」「いみょんばく」になっていますが、名前の読み方とカード/振り込み口座の記載が違うと何度か問い合わせがきたりしました。面倒くさい奴ですね。

これから生じるであろう不具合

現状こんなかんじなので、もし戸籍に読み仮名が記載された場合、というか決定事項っぽいので施行された後に僕に起きそうなことを書いておきます。

やはり読み仮名の統一問題です。
「いみょんばく」の韓国語の読み方で届け出る気満々ですが、「りあきひろ」で登録してるあれこれを変えるのがクソだるいです。
戸籍がただの文字列であるということを逆手にとってふたつの読み方を使っていたわけですが、これがどこまで許されるのかいまのところわかりません。
「りあきひろ」にした場合は「いみょんばく」が公的には封じられることになります。なにより大学院の学籍の読み仮名、これどうなるんでしょうね。こっちになってもいろいろ書き換えるのが面倒くさそうです。

戸籍の読み仮名と旅券が連動してくれるか

ひとつだけ期待できるかなー、ということがあるとすれば、パスポートの名前と連動してくれることでしょうか。
「いみょんばく」で届け出れば、名のほうもAKIHIROからMYUNG PAKに書き換えることができる口実になるかもしれません。法律は疎いのでいい加減なコト言ってますが、ひとつ大きなメリットがありそうだなと考えられるのがこれなのです。

「戸籍の記載が変わっていないから」で岩本時代に出したAKIHIROを僕の本名に書き換えることができるのであるとすれば、この読み仮名記載は僕にとってかなり大きなメリットになると思います。

最大の懸念事項

漢字本来と異なる読み方を認める範囲に一定のルールを設け「氏名に用いる文字の読み方として一般に認められているもの」とした

https://nordot.app/993756748262326272?c=39550187727945729

いちばん大事なのはこれです。
散々語っておいてすっ飛ばしてきましたが「李明博」を「いみょんばく」と読むのはどう考えても日本語で「一般的に認められているもの」ではないのです。
下手すれば「いみょんばく」が締め出される可能性も否めないのです。
この記載制度がパスポートと連動してくれてあわよくばMYUNG PAKに書き換えることができればなーなんて能天気なこと言っている場合ではなく、どこかに確認しないといけないのかなと思います。
発表されたばかりなのでなんともいえませんが、もし認められないとすれば人権侵害であると言いたいところです。

おわりに

長々となりましたが、一旦この件については以上にしようかなと思います。
僕は法律には疎いので上手くいえませんが、とにかくこの制度が僕を含めて誰かに不具合を生じさせるものでないだけなく、「ひろこ」さんが「ようこ」さんになれるなど、これを機になにかメリットを享受できる人がたくさんいればなと願うしかありません。

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