大きな丸い、四角いところ【3】

「お邪魔しまあす、ごめんくださーい、ねえ、あのー、すいませーん」

とレナが入り口の呼び鈴を鳴らした。どんどん、とピノも扉を叩いたけれども、なんの沙汰もなかった。ここのはずなんだろ? とゴロウは言った。ゴロウにとってもその場所は馴染みの場所だったけれども、「大きくて丸くて、四角い」建物、とは思えなかった、普通の平屋建ての一軒家で、築数百年は経っているだろう、古めかしい家で、それは彼ら四人が昔隠れ家にしていたところでもあった。ここだよ、大きな丸い、四角いところ、ってのは、さ。とピノが嬉しそうに言った。

「入ろう」とピノは中へ入った。他の三人も勝手知ったる秘密基地、各々のキーワードを言って扉を開けた。
「ね、ね、粘土板」
「えーと、久しぶりだなこれ、腕時計」
「そうねえ、なんだったっけ。確かー、ピンクの豚」

それぞれに合格、と笑いながらピノが扉を開けた。懐かしいな、三年ぶりか。俺たちが遊んでた秘密基地にまさかあいつが住み着いてるとはな。それに見ろよ、電球とか壁とか、新しくなってるぜ。俺たちがやらなくても、どこかにはやる様な物好きが居たもんだな。

「おい、いいのか、あいつ、いるかもしれないんだろ? 」と、ゴロウが心配そうだ。ゴロウはいつも心配そうだ。

「大丈夫だって、あいつはそんなことで怒りはしないさ。それにもともと、ここは俺たちの秘密基地。だろ? 」

「ね、ね。そうだよ、ね。レナ、ここ、僕たちの秘密基地だから勝手に使っていいよね、ね、トイレ行ってくるよ、ね」

「あ、待って! 今はまとまって…!って、行っちゃったかあ」

「大体こういう時、ああやってどんどん人が減っていくんだ」と、ゴロウはまた心配そうである。

と、そこに日本国旗を身をまとった男がゆっくりと裏の扉を開けて出てきた。そこは、昔四人が寝袋をひいて暮らしていた部屋だった。

「おお、ピノ。よくここがわかったな。そうだ、ここが大きな丸い、四角いところだ」

「ああ、ここにいると思ったよ。今日は聞きたいことがあってここに来た」

「今年はどうしたんだってことだろ? 」

「そうだ。何やってんだ? 米と、ポマードは持ってきた」

「女物の下着は」

「もちろんだ。レナ」

「え? えっーと、はい。これです。な、何に使うの? 」

「何って、ナニしかねえだろ」

「はあ? もっと、こう、高尚な何かに使うんじゃないの?」

「バカか、下着に高尚も下品もねえよ。さあ、お前ら、年末だぞ」

「どうしてあなたは、年末がわかるのですか?」と、ゴロウが先走る

「それはお前らが、あ、トイレに行きたいなって思うのとおんなじことなんだよ。小便がしてえ、トイレに行こう、と同じだ。ああ、さみいな、年が明けそうだ、そんなもんなんだよ。年明けなんてのは」

「つまり、別に我々が考えているよりももっとずっと、低俗で適当なものなんですね? 」

「そうだよ、このパンツみたいに、さ。ところであのデブ、向こうで糞垂れてたぞ」

「何やってんだか……。ま、まあ、わかりました、それじゃ、今年はどうして…」

「おっと、そこまでだよ。年が明けた。それはもう、去年のことだ。去年のことはもう話してはいけないんだ、それはカラスがそう決めたんだ。だから俺たちはこれから今年の話をしよう。なあ、今年はいい年になるぞ? 月はもっと近くに大きく見える、海は穏やかだ、世界には美女の赤ん坊がたくさん生まれ、それから森の動物たちは世界平和のことを考える」

「それは、いい年みたいに見えますね」

「ああ、とてもとても、いい年さ」


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