落書き

空洞だ、と思った。

今の彼女は空洞だった。自分の前にいて、たしかに彼女としての自我があって、名前も顔も同じで話す内容も同じだ。だけれど、そこに自分に向かう燃えるような感情の一切が見えない。感情はもともと目に見えないのに、なくなったらこんなにもはっきりと喪失を目の当たりにすることになる。

彼女にとっての自分は今『どうやら友達だったらしい男性』にすぎない。

自分はあれほどまで彼女を疎んでいたはずで、記憶を失ったと知った時はいっそほっとしたにも関わらず。

彼女が最初に目を覚ました時に「君の恋人だったんだ」と伝えればよかったのだろうか。否、それでもやはり『どうやら恋人だったらしい男性』として、如才なく発揮される人当たりの良さに打ちのめされていただけだろう。

自分のことが好きな彼女の笑顔が、言動が好きだった自分に、今更気づいたのだ。

彼女にとって自分との出会いがそれほどまでに衝撃的で恋愛感情を長く揺さぶられるものだったことに、それが失われてから気づく皮肉だった。


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