オキナワンロックドリフターvol.31

“Cool Cats”のメロディは聴く度に私を70年代のコザの街へ誘ってくれた。
不夜城さながらにネオンの眩しいB.C.ストリート、ゲート通り、アメリカ兵たちの喧騒とホステスたちの甘い吐息、揺らめく紫煙とガラスの灰皿、そして、毎晩毎夜音楽を武器に戦うオキナワンロッカーたち。
そんな70年代の欠片が曲となって浸透していく、そんな感覚が体を走る。それがジミーさんの“Cool Cats”だった。
私は最後の夜だからと真剣にジミーさんの姿を見つめていた。
どこからか、アメリカ人の女性ファンだろうか、ジミーさんの名を呼ぶ甘い声が聞こえてきた。
しかし、ジミーさんは動じずにギターに専念している。結わえた銀髪と相まってその姿は老練の職人か老いた名剣士のようだった。
しかし、じっと見つめていると、スポットライトの光の中にいるのに、ジミーさんの顔は影を集めて寂しげな印象だった。
ライトに照らされたジミーさんの銀髪の淡い光がその寂しさを助長させていた。どういうことだろう?
私の心を言い様のない胸騒ぎが覆った。
曲が終わり、間髪いれずにコーチャンの『ドカタブルース』に変わったのだが、インクのしみのような胸騒ぎは心を侵食していった。
その後、カウンターのドーンさんに睨まれないようにジンフィズを二杯オーダーしてスツールに腰掛け、2ステージ分、ジミーさんの姿を目で追った。
万力で締め付けられたように心が苦しくなり、休憩時間に入ると、呼吸を落ち着かせるべくお手洗いに駆け込んだ。
用を済ませて手を洗い、辺りを見回すと、お手洗いはアメリカ人、地元客、観光客の落書きで覆われていた。バッグをまさぐるとマジックペンがあったので、いけないかなと思いながらも私はドアの空いていたスペースに落書きをした。

“Long Live Rock! Tarky, Ko-chan and Jimmy by Mikey”と。

今思うと中二病全開の落書きだが、私からJETメンバーへのありったけの思いを込めたメッセージだった。
ずっとこの三人の演奏が聴けますように、ずっと元気でロックしていられますように。祈りを込めて。

落書きに祈りを込めたら少し気持ちが落ち着いた。
私はターキーさん、コーチャン、ジミーさんに手を振り、階段を降りた。
外に出て、大きく深呼吸した。すると、私の前をアメリカ人のグループが右往左往していた。見定めたところ、30代~40代のアメリカ兵3人とその奥さんないしガールフレンド3人。身なりは小綺麗かつ佇まいも粗野な感じはしない。さしずめ陸軍の伍長から曹長あたりか?
どうしたの?と下手な英語で話しかけてみた。すると、口髭をたくわえた太ったアレン・リーチみたいな風貌の男性から「ゲート通りに、Key Stoneというカラオケバーがあると聞いたのだけれど見つからない。君、知らないか?」と返された。
ああ、そのカラオケバーなら散歩した時に見つけたなと思い、 アリソンと名乗る増量したアレン・リーチの手を引き、道案内を買って出た。
“Key Stone”はゲート通りからパークアベニューへ通じる道にあり、なかなか見つからないよなと思いながら到着。私は6人に大袈裟なくらい感謝された。
私の役目は終わったと踵を返そうとすると、「飲み物奢るから一緒にカラオケしようよ」と店内に引っ張られ、カラオケを楽しむことになった。
店は、丸眼鏡と鈴木ヤスシ氏似の風貌が印象的なレニーと名乗るオーナーと、艶やかなおかっぱ頭と切れ長の黒い瞳が印象的な美少女と、ギャルっぽい容姿のバイト2人が小さな店内を切り盛りしていた。
乱痴気の大騒ぎな“Good Times”の客層と違い、“Key Stone”の客層は比較的礼儀正しく、カラオケの割り込みで喧嘩もないので私は少し安心した。
アリソン達はビリー・ジョエル、カーリー・サイモン、シャーリーン、ジャーニー等を歌って楽しんでおり、私はアリソンたちにご馳走になったコーラとポップコーンを飲み食いしながらにこにこと聴いていた。
すると、6人から「なんか歌ってよ」とせがまれたので悩みながらも歌うことにした。その時、JETで落書きしたLong Live Rockという言葉がぱっと浮かび、あろうもことか、レインボーの“Long Live Rock'n roll”を選んだ。無謀この上ない選曲である。

神様、仏様、ロニー様と心の中で呟きながら私は歌い、シャウトした。
形振り構わず絶唱し、唄い終わるころには何故かレニーさんとバイトちゃん2人、アリソンたち6人から拍手喝采をもらった。
また唄ってとアリソンの奥さんにせがまれたので、喉のメンテナンスをしてからとお願いしつつ曲を選ぶことにした。
その間、アリソンたちは80年代のロックやバラードを入れ、彼らの唄うTOTOの“Africa”やPrinceの“Purple Rain”に合わせて唄った。
私の曲は決まった。今のこの街でこの曲を唄うのはタブーなのかもしれないが、いつか城間兄弟二人に会えるという願いが叶いますようにと願かけの意味を込めて、私はリクエスト番号をおかっぱのバイトちゃんに手渡した。
曲はIslandの“Stay with me”である。
部屋の中で寂しい時はCDを聴き、正男さんの歌声に合わせて唄ってはいたものの、カラオケで唄うのは初めてだった。
大好きなゲーム『ファイナルファンタジー10』の中に、さ迷える魂を鎮める為に異界送りの舞を踊る召喚師のユウナという女の子がいる。
私は、自分の容姿や体型を無視し、ユウナが異界送りの舞を踊るような厳かな気持ちで、Stay with meを唄った。
願いは叶わないのかもしれない。望みは打ち砕かれるのかもしれない。けれど、僅かでも可能性があるのならば、正男さんに会えますように。俊雄さんにまた会えますように。
祈りながら唄った。
すると、私の心境を知ってや知らずやアリソンたちがサビの部分を一緒に唄ってくれた。
レニーさんもどこか寂しそうに微笑みながら、タンバリンを鳴らし、おかっぱのバイトちゃんは私をじっと見つめていた。
唄い終わると、アリソンたちにハイタッチされ、レニーさんから拍手を頂いた。
レニーさんの計らいにより、私たち7人は記念写真を撮った。レニーさんは丸眼鏡の奥の瞳を細めて写真を店内に飾った。
それから、他のお客さんが唄う時以外は私たちは80年代の曲縛りでカラオケを楽しみ、気がついたら午前3時過ぎになった。
そろそろ寝ないとやばいかもと思い、私はアリソンたちと握手を交わし、縁があったらまた会おうといつまでも手を振った。
無意識にStay with meを口ずさみながら人気が少なくなったゲート通りを歩いていると、どこかで見たことのある後ろ姿を見つけた。
通りすぎる車のライトがその人の結わえた髪を煌めかせた。
ジミーさんだ。
私はジミーさんに挨拶をしようと駆け寄った。

(オキナワンロックドリフターvol.32へ続く……)

文責・コサイミキ

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