ナゾの不機嫌

2020.6〜無職

ナゾの不機嫌

2020.6〜無職

最近の記事

誰かわたしを雇ってください

もしもこれが履歴書だったら。これが職務経歴書だったら。なんだか堅苦しい感じで自分のことを書かなきゃならないんだろうか?履歴書も職務経歴書も、いったい誰が最初に考えたのか分からないけれど、事実は載せて真実は載っていない。 ナゾの不機嫌。30歳。独身。恋人なし、結婚の予定なし(声を大にして言ってもいいもんね)身長約167cm。最近興味があるのは農業。体動かす系。 残念なことに学はない。地元の県立高校の農業科を卒業。高校生までが一番頑張ったので、商品開発の研究とか意見発表で関東

    • 読書感想文全国コンクールで受賞した子供たちが書く言葉

      うちの洗面台の横の壁には、百均で買ったシートが貼られている。多分水跳ね防止用に。そしてなぜか新聞も貼ってある。これは多分お母さんが白髪染めする時に貼っている。 普段新聞なんて読まないけど、1枚貼ってあるとなんだか読んじゃう。最近貼られた新聞の記事の内容は「読書感想文全国コンクール」で内閣総理大臣賞を受賞した子供たちの作品を紹介するものだった。 大人になると自分の経験を語りたくなる。今までの生き方を振り返ったり、これからの生き方を呟いてみたり。綺麗な文章を追求したり、言い回

      • 誰も興味のない私のこと

        note書いてる人みんな自己紹介してるんだ・・・。よし、乗っかろう。 名前はナゾの不機嫌(スピッツの歌詞"ありがとさん"からもらった)年齢は30歳。これは結構自分でも信じられないと思っている。現在無職。これは本当に信じられないけれど現実です。 基本的にあまり仕事が続かない。自称社会不適合者の人って我慢して我慢して自分は社会不適合者だって思いながら働いてるけど、すぐに投げ出す私は本物の不適合者です。いつも自分のなかで「よーし辞めちゃえ」って気持ちがあるから凄い。先のことまっ

        • 数少ない友達

          高校時代の仲の良い友達からLINEが来た。「これって回答出来る?」って。保険のアンケートだ。とりあえずてきとーに回答して「たぶんできたよー」って感じで返事をした。お客さんから回答できないって言われたらしく、私に試してほしかったんだと思う。そりゃあ協力出来ることはしてあげたい。 彼女が勤め始めたばかりの頃、彼女のお客さん相手として練習にも付き合ったことがある。彼女の先輩付きで。最後に先輩が押しの強い感じで勧誘してきたけど、まあもちろん断った。練習には付き合うけど、入る気はない

        誰かわたしを雇ってください

          20代最後の日

          30年前の母に、家族に感謝します。これから先、どうかこの気持ちを忘れませんように。

          20代最後の日

          誰にも見つからない人生

          誰にも見つからない人生を、送ってゆくのです。「誰に何を思われてもいい」なんて、正直そんなことも言えない。人の目は気になるし、歳をとった親のことは考えるし、何年後かの未来も想像したりするから。 もうすぐ30歳になるのです。親に「もうすぐ誕生日だね」なんて言われる度に「え?嘘でしょ?そんなわけないよ!」という返しをする。信じられないのだ。30歳なんて。もっとずっと先の話だと思っていたから。下り坂を転がり落ちるように終わる20代は、たいした印象にも残らずうっすら消え去っていくから

          誰にも見つからない人生

          先のこと

          なんで仕事が続かないんだろう。なんで嫌になったら辞めちゃえって感じなんだろう。多分それは、帰る家も生活させてくれる家族もいるからだ。この年齢になって、それに頼りきってることが恥ずかしい。子供の頃となんら変わらない自分が情けない。私だけ精神年齢が止まってる。無理矢理にでも動かさねばと思う。 たまに目にする。「実家には帰れない」って言葉。実家大好き人間の私にとっては信じられないんだけれど、みんながみんな家族と関係が良好なわけじゃない。(もちろんうちだって100%最高に良いなんて

          リトル・フォレスト

          深夜眠れなくて、夜中の1時頃にAmazonプライムビデオで映画を観始めた。二日連続で。私はそんなに映画を観るほうじゃないし、youtubeも芸人の動画を観たりもっぱらアーティストのMVをBGMのように垂れ流しで聴いているくらい。 観ていて疲れるのはやめよう。さらっと流して観られる感じのものを。そこで選んだのは橋本愛さん主演の「リトル・フォレスト 夏編 秋編」「リトル・フォレスト 冬編 春編」 生まれ育った集落で、自給自足の生活。春も夏も秋も冬も景色がとても綺麗だった。橋本

          リトル・フォレスト

          同棲解消をするふたりの旅行先

          今までディズニーランド以外で「千葉県に行こう」って思ったことがない。でも10月の頭、どこか温泉にでも行こうかなって探していて、本当になんでか分からないけれど千葉の万祝温泉に行くことにした。じゃらんで予約した時間は22時過ぎ。特急わかしおの予約もその流れで。出発は翌日である。 箱根も草津も熱海もめちゃくちゃ調べた。部屋はどんなところがいいかなとか、ランチはどこがいいかなとか。でもなぜか、千葉になった。 この一泊二日の旅行は、10月の終わりに同棲を解消する恋人と。解消後は友達

          同棲解消をするふたりの旅行先

          無題

          秋から冬になっていくこの哀愁漂う感じに、なんか名前はあるんだろうか。暗くなるのが早くって、どんどん空気が冷たくなっていくあの感じ。いつも通る家の前に咲いてる青みがかった花の色とか。制服を身にまとって歩く中学生の姿とか。今までとは少し感じ方の違う季節の景色を知ったのだ。

          同級生

          書く必要ないけど書く。こんな時代だから。昔、ブログに書いたりもしたけど公開することはなんか違う気がして非公開にしていた。(そもそも見てる人少なかったけど)言葉がまとまらなかったりしたけど、もう8年も経つので。今ならどんなことが書けるだろう? 8年前、専門学校の同級生が自殺した。うろ覚えだけど、たしかお風呂場に目張りして、練炭で。死ぬことをあらかじめ告げられていた友人も居た。こんな結末になって自分を責めたかもしれない。 21歳だった私は、彼女の葬儀に参列して、こんな寂しいお

          この夏

          地震や水害が起きて、変わり果てた町と亡くなった人の数、その遺族の悲しみを考える度に、命とはなんなのかと強く思う。なんとなくこの世の中は「自分らしく生きる」ことが出来たらある程度成功って感じみたいだけど。ガタガタに壊れた光景の前に佇んで、大切な人を想わずにはいられないような瞬間が、本当にあるんだと思うと怖くてたまらない。 そこにいることが当たり前だった有名人ですら突然消えてしまったりする。窮屈な場所で呼吸している人がどれほどいるのだろう。世の中に、周りにアンテナを張れば張るほ

          皮肉にもみんな嫌い

          noteを知ってから他の人の文章が上手すぎて「ヒェッ」ってなる。書きたいものや伝えたいことの的を得ていて、なんかこう自己啓発本を読んでる感じ?多分皆素人じゃない。素人はどこだ!素人を出せ! でも読んでて「ああ、なんだか興味ないな」っていうのもすごく分かる。長い文章を読むのは疲れるし、noteってそもそもすっごく自己満なんだなって思った。それを読みたいか読みたくないかっていうシンプルなもので。 自己紹介とか生い立ちなんて実際そんな重要じゃない。どんな大学を出て、どんな勉強を

          皮肉にもみんな嫌い

          デザイン学科の先生たちって変わり者しかいない

          デザイン科の先生が教えてくれたことで思い出せるのは三つだけ。 ①卒業制作にて 「君達がどれだけ頑張ったかなんて、見てる人には関係ない。その作品を見て、『綺麗』『美しい』『面白い』それだけ。君達の頑張りは先生たちは認めてあげられるけれど、見てる人にそれは関係ない」 ②卒業アルバムコメントにて 先生A「人の話はちゃんと聞くこと」先生B「常識を疑え」 以上三つだけが、今も印象に残っていること。

          デザイン学科の先生たちって変わり者しかいない

          殺していただく

          湿った蒸し暑い空気に殺していただく。電車の通り過ぎる音に殺していただく。狭い道を歩くちびっ子とお母さんたちに殺していただく。マイナスオーラを放つサラリーマンに殺していただく。変わっていく友人に殺していただく。外面だけよくて中身の感じない定型メールに殺していただく。思ってもいない「有難うございます」に殺していただく。風に飛ばされる白いゴミ袋に殺していただく。カーテンの隙間から見える夜明けの光に殺していただく。 生きていると、いつも時間がない。

          殺していただく

          10年前ですら高校生じゃない

          私がよかったなと思うことは、10代のうちの感情をなるべくネットに残していたこと。今もレンタルサーバーにログインすればいつだってそれを読める状態にあること。目も当てられないような恥ずかしい文章も並ぶけれど、「ああ、こんな感じだったな」ってことを思い出しては、懐かしくてたまらない気持ちになる。そのたまらなさは、時に窮屈だけれど。 中学校はつまらなかったとか高校は楽しかったとかそういうふんわりした記憶でしか思い出せないことも、あの時の言葉を読めば、その時周りにいた友人たちにおおい

          10年前ですら高校生じゃない