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[gururi note] 名刺交換

名刺。

これまで営業職に就いたことはないので日常的に名刺を交換するという日々を送ったことはなかったのだけれど、何度か名刺のデザインをさせていただいたり、gururiを始めてからはお店を営んでいる者として名刺をいただくこともお渡しすることもあって、名刺に触れる機会がここ数年多くなった。

名刺には、その人の大事な情報が詰まっている。その人自身を表す、と言っても過言ではない。

そして、名刺交換のマナーとして、ただの紙一枚とて「その人の分身」として丁寧に扱うこと、とされていて、両手で受け取ること、頂戴いたしますと一言添えること、いただいた名刺は名刺ケースの上に置いておくこと、など、実は色々とある。

それは堅苦しいビジネスマナーのようだけれど、互いに尊重しつつ互いのことを丁寧に扱う素敵な慣習だと、わたしは思う。

「成瀬は天下を取りにいく」「成瀬は信じた道をいく」の成瀬あかりは、誰よりも丁寧に真っ直ぐに自らの名刺を差し出し、丁重に受け取れる人だ。

そして、わたしは、そんな成瀬がとても好きだ。

滋賀県大津市を舞台に描かれた「成瀬は天下を取りにいく」が、本屋大賞を取った。

著者の宮島さんが大津市在住で、物語の中にも馴染みのある場所や地名が出てくるということで随分と前から話題になっていて、滋賀に魅了されて大津市に引っ越してお店まで始めたわたしたちも、発売されてわりとすぐに本屋さんで手に取って、gururiに置いていた。

県外から移住したわたしの肌感だけれど、滋賀の人は、表には出さないけれど地元への愛が強い。成瀬ほどではないにしても、相応のものがあるような気がする。

だからなのか、「成瀬は天下を取りにいく」は、gururiに置いてある本の中でも手に取られることが多い本で、「普段読書をしないのだけど成瀬は読んだよ」という方が沢山いたり、本屋大賞を取る前からお客さんとの会話の中で成瀬が話題になることも多かった。

そして今や、成瀬は大津だけでなく、全国で大活躍している。まさに"膳所から世界へ!"だ。

主人公の成瀬は凛としている。

「自分が思う正しさ」に向かって真っ直ぐ生きている。

その姿に、多くの人が、興味や、親しみや、感銘や、憧れを抱いたのだと思う。

誰しも皆持っている「正しさ」。それぞれが「自分が思う正しさ」と共に生きている。

ただ、今の世の中「正しさ」にまっすぐ向き合って進むことは、時に正しくないとされることもある。

"電車の中で騒いでいる人に注意したらボコボコにされた"
"注意されてイライラしたから人を刺した"

似たようなニュースが平然と流れていて、その度に世の中は「”正しさ"が正しくなかった」とか言ったりする。そんなことを目にする度、わたしは、ぐっと力を込めて、自分の身を守るために「自分が思う正しさ」に反することへ目を瞑るのだ。

電車の中で平気で大きな声でずっと電話している人。
煙草の吸殻を躊躇なく道に投げ捨てる人。
交通遅延への苛立ちを怒りに任せて駅員さんにぶつける人。
表では良い顔をしながら陰でこそこそと悪口を言う人。
自分の利益のために、他人へ負を押し付ける人。

そういう人に出くわした時、ぐっと目を瞑りながら、わたしはいつも「自分が思う正しさ」を両手に握ってわなわなとする。どうして誰も自分も何も言わないの。どうして見て見ぬふりするの。どうしてこんなことが罷り通っているの。理由はわかってる。文字通り、こんな世の中で自分の身を守るため、だ。

けれど同時に「何なの、それ。"正しさ"って何なの」と、強く思う。

自分の身を守る為に目を瞑るなんて、ずるい。見て見ぬふりなんて、本当はそんなことするのすごく嫌だ。と。「自分が思う正しさ」に苛まれるのだ。

ただ、成瀬は違った。

成瀬は、どんな状況や相手にも、「自分が思う正しさ」を、凛とした姿勢のまま、「自分はこういう人間ですが」と1枚1枚名刺を渡すように丁寧に真っ直ぐに差し出していた。

そして、名刺交換のマナーのように、相手の言葉を両手で受け取とり、頂戴いたしますと一言添え、受け取った言葉も態度も自分の中に丁重に留め、その上で正面から相手に対峙していた。

わたしは、「自分が思う正しさ」に反している人や状況に出くわした時、負の方面に自分の感情が動いて、"正しさ"をその感情に乗せた状態で対峙した相手や状況に投げつけてしまうだろう。それは名刺交換のマナーに反している。自分の持つ名刺の束で、相手を四方八方から殴っているような行為だ。

そんなやり方を望んでいるわけではない。そんなことをしたって、何も生まれないし、何も伝わらない。

本を読んでいる間、わたしは、成瀬に名刺をすっと差し出されたように感じて、はっとさせられた。ただぐっと目を瞑っていたこれまでの自分を、すごく省みた。

そして、凛とした姿で真っ直ぐに名刺を差し出す成瀬を、とても好きだと思った。

「成瀬さんは将来何になるんですか?」
「先のことはわからないから何とも言えないが…。何になるかより、何をやるかの方が大事だと思っている。(中略)たとえばわたしはパトロールを好きでやっているが、警察官になりたいとは思ってない。会社員になったとしてもパトロールはできるだろう。だからわたしが何になるかは未定だが、地域に貢献したいとか、人の役に立ちたいとは思っている」

宮島未奈(2024)「成瀬は信じた道をいく」(ときめきっ子タイム)新潮社

人は、ひとりひとり違う「正しさ」を持って生きている。もちろん、世間一般で是非を決められていることもあるけれど、みんながみんな同じ「正しさ」を持っているわけでない。

だからこそ、成瀬のように「わたしはこういう人間ですが」と、真っ直ぐに自分の名刺を差し出し、相手の名刺を丁重に受け取れる人間でありたいと、思った。

主人公の成瀬は凛としている。そして真っ直ぐだ。

わたしも「自分が思う正しさ」に向かって真っ直ぐ生きていきたい。


名刺交換、上手になれるように練習していこう。

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