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ノーサンドペーパーで、木の聲を聴きに

何でもそうかと思いますがグリーンウッドワークって、アプローチも、大切にしたい要素も、具体的な手法も、ひとそれぞれです。「1つの正解」「1つの正統なやり方」があるわけでなくて、みんながそれぞれに工夫したり昔ながらのやり方をリサーチしたりインスピレーションを交換したりしてやってみて、集合知がだんだん増えていく。。。そういう野原のような(?)景色を見ていると楽しくなってきます。

グリーンウッドワーカーではないですが私の大好きな「つくり手」さんに坂口恭平さんがいます。彼が新刊『まとまらない人』の中で書いていた「ただコミュニケーションだけを、コミュニティをつくらずに、やりたい」というのが、自分の気持ちにぴったりすぎて、膝をバシバシ叩きたくなりました。まとまらなくてよくて、バラバラなままやっていきながら、交信と更新をし合って続いていく、そういう「野原」にいる心地よさ。

今日はそんな「野原」空間で、サンドペーパーにまつわるおはなしを。。

自分は最初につくった数本のスプーン以来、あるときからノーサンドペーパー派になりました。

きっかけはよく思い出せないのですが💦 どうも、「木の聲」を聴くのが好き。。という、そこに尽きるみたいです。(刃物でスベスベになった表面は、サンドペーパーでスベスベになった表面と違って、細かなキズが付いていないぶん雑菌などが入りにくくなると聞いたこともあるのですが、「いいことがあるらしい」というのは理由としては二次的で、結果よりもむしろ過程が楽しいです。。)

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△ノーサンドペーパーで仕上げたスプンたち

■サンドペーパーを使わない=木の聲を聴きながら削る

サンドペーパーを使わない前提で木削りをすると、ナイフで削るとき「刃物だけで表面をスベスベ・ツヤピカする」ことを考えるため、必然的に「木の聲」をほんとうに繊細に聴き取っていくことになります。(スベスベでなく凹凸をあえて残して削るときも、1つ1つの削り跡がすっきりスパッとなるように。。)

あとでサンディングして均せばいい、となると、ナイフワークの段階をややテキトーにやりすごしても構わなくなります。表面が多少ささくれてたり、でこぼこしてたりしても、別にいい、続きはあとで、ということになるかと。。

刃物だけでスパッとツヤピカに仕上げるためには、木目に逆らわないで削るということが1つ、生木状態で削ったらいったん乾かしてから仕上げ削りをするのが1つ、そしてもう1つ前提となるのが刃物の鋭利さです。刃物の鋭利さについては砥ぎに左右される事柄で、これに関してはまた別の機会に。。(”沼”なトピックだと思います💦)。

「木目に逆らわないこと」、これは簡単にいうと、逆毛を立てないように猫を撫でるみたいなことです。

■木の聲を聴く=木目に逆らわずに削る

木は樹種によってバリエーションはあっても、基本は細いストロー状の繊維が束になったようなもの。それが木目の模様となって表れてもいるわけですが、その”束”にどの方向から刃を入れるかで、束の中のストローたちがきれいにまとまったままスパッと削れる(猫でいうと毛並みがそろう)か、ストローたちが剥離して束がバラける(猫でいうなら毛並みが乱れる)かが変わってきます。

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削っていると、刃がどんどん材の中に食い込んでしまうとき。そんなときは「逆目」に削っているときです。木は逆目に削られると、ストロー状の繊維たちがお互い引き剥がされていくのでつらい。。なのでいったん刃を材から抜いて、逆方向から削ってあげるといいです。

(生木の状態だと、ストローたちもやわらか。少しの力で引き剥がれやすかったりするので、生木状態で成形した後、いったん乾かし、ストローたちがシャキッと硬くなったころに仕上げ削りをするのがいい、というのが私の理解です。)

樹種によっても個体によっても場所によっても、ストロー状の繊維の流れや曲がり具合は違っていて、フシの周りではさらに入り組んでいたりします。

木には、その木が育ってきた歴史や環境が、幹の奥、枝の中に記憶のように埋まっていて、それはほんとうに、割ってみるまでわからないというのをいつも実感します(少ない経験の中で、ですが💦)。中までまっすぐさっぱりしている木もあれば、一見まっすぐでも中は複雑になっていたり、奥の方にフシがうずもれていたり。そういう1本1本の歴史というか記憶のようなものを辿りながら削っていく時間が、すごく好きです。

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△レードルを作ろうと半割りにしてみたら、中のほうの繊維の流れが興味深かったイロハモミジの枝。

スプーンなどカーブのある形状に成形していく場合、そのモノの最終形のカーブごとに、逆目にならない削りの方向が違ってきたりもします。

スウェーデンの伝統的木工家、ヴィッレ・スンクヴィストさんが伝えてくださったグリーンウッドワークには、ナイフのグリップ方法が十数種類あるんですが、ナイフ1つにそんなに多彩なグリップ方法がある理由の1つが、この、削っている場所に応じて「ならい目」がさまざまに変わってくる、ということにあります。

バイスなどで机などに固定せず、体とナイフと材だけで削る場合、常にならい目で削るためには、ときどき、結構風変りな持ち方で材やナイフを持たないといけなかったりします。これはほんとにやってみないとわからないことで。。。そのときどきに「今ここの場合はどんなグリップならいけるか?」を考えて対応していくわけです(自分の身の安全をもちろん一番に考えながら!)。

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△風変りなグリップ例:両手のナックルを合わせたところを支点にしてピボットさせ、安定とコントロールを効かせるグリップ。このときのバターナイフは先端→首の方向へ削らないと、ツヤピカにならなかったので。。。(左手首あたりを切りそうに見えますが、ストロークの終わりに右手小指下のふくらみが材にあたって刃は止まります。勢いをつけず、コントロールを効かせながらゆっくりやれば、危なくないです)。

いずれも自然な流れの繊維がある、木が相手だからこそ、なのですね。。木削りをしたことのないひとは、たぶん、削り始めてみるとおどろくと思います(自分がそうでした!)。はじめは、どの方向に削るにしても同じように削れるとイメージしてしまうかもしれません。。。でも違うんです、すっときれいに削れる方向(逆毛を立てずに撫でられる方向)とそうでない方向が、どの場所にもあるんです。

これこそが木削りの魅力だとわたしは感じています♡

繊細な仕上げ削りの段階では、材の中にぐっと食い込むというよりも、切削面がザラつく感覚になったときが、わずかに逆目に削っているときです。

繊細な仕上げ削りのときに、ならい目に削っていけると、切削面はおのずとスベスベ・ツヤピカになります(刃物がよく砥がれていれば、ですが💦)。仕上げ削りのときに表面がざらつくな、と思ったら、削りの方向をいろいろ変えてみることと、刃のタッチアップ(ストロッピング)をしてあげると、ツヤピカへの道が見つかったりします。

わたしにとって砥ぎはなかなかチャレンジで💦 でも少しずつでも、ツヤピカ度が上がっていくと、気持ちいいなーと思うのです。どうすると木が喜ぶかに耳を澄まして手を動かしてみると、誰しも、きっと楽しくなってきちゃうんじゃないかな、と思います。

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△匙面のくぼみや匙面の裏側は、カーブばかりなので、ツヤピカのための細やかな方向があったりもします、そのうちにサイトのほうでご紹介したいです。。

■サンドペーパーをかけるなら、仕上げは天然のサンドペーパーで

サンドペーパーを自分は使いませんが、番手を粗いものから繊細なものに変えながらひたすら磨いていく楽しさがあるんだろうな、というのはわかる気がします(「サンディングハイ」という境地があるそうです!)。

「木削り師」を名乗る方に一度木削りを教わったとき、仕上げはサンドペーパーだったんですが、人工のサンドペーパーで、だんだん細かい番手のものに変えながら磨いていって、最後は「砥草」という天然のサンドペーパーで磨きました。

その方がおっしゃっていたのは、「木は人工のサンドペーパーはあんまり好きじゃないんです、それによってついた細かなキズを、最後この砥草で磨いてあげると喜びます」とのことでした。

砥草には植物由来の自然な油分も含まれているみたいで、繊細なサンディングをしながら艶出しにもなるようでした。

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△半分使った後の砥草。
▽生えているときの砥草(うちのご近所さんのお庭にて)。

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ムクの葉(の押し葉)も、以前別の機会に使ってみたことがありますが、砥草と似た使い心地でした。サンディングする派の方には、天然の仕上げ用サンドペーパーとしてムクの葉もおすすめかと!

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△ムクの葉の押し葉

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ぐり と グリーンウッドワーク:https://guritogreen.com/

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