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2021年12月もろもろ

いつかちゃんと書くかなと思いながら書いてなかったものたちを残したまま年を越しちゃいそう。2021年はとても充実したけれど、ちょっと飛ばして生きすぎたので疲れているわ。もろもろのしわ寄せ。年の瀬。

2021/12/31

永井みみ「ミシンと金魚」

すごい、読ませる力。当人の目になって書かれている、読める、今村夏子「こちらあみ子」を読んだ時のような感服を覚えた。面白かった。

石田夏穂「我が友、スミス」

ばきばきに筋トレする話。圧巻だったのは「ミシンと金魚」だけれど、自分の人生の経験値的にはこっちの方が距離近く読めてしまう。
電車で脱毛の広告を見る時とか、生きていて随所でうわっうわっって思う出来事がたくさん、でも盛りすぎにならずに上手く取り込まれていた。健康神話もルッキズムを巡る言説も、もはやあれこれ言いすぎて/言われすぎて、生の経験に対して軽々しい言葉しか紡げなくて歯痒いけれど、そんな出来事ひとつひとつを、怒りではなくユーモアを添えて描いてくれる。空の器みたいな「私」が異様なほど何かにのめり込む様子が、村田沙耶香『コンビニ人間』ぽいなとも思った。
すばる文学賞の選評でも言われていたように、別の生き物になりたいのパートだけ、黒子の肌が見えたように作者の意識が見えてしまったのが少し残念。しかしここまで読んでくると作者を同じ生き物として信頼できてしまったな。その他はバキの筋トレ大会という馴染みのない設定にも関わらず、細部まで確かな説得力があって快かった。

水沢なお『美しいからだよ』

とても良くて、読み終えてしばらくどきどきしていた。「砂漠航海」「運命」「イヴ」が特にすき。
人っぽいものと人じゃないっぽいものが言葉を交わす空間に、川上弘美『龍宮』を思い出す。弘美さんは女とそれに交わる女や男の物語を書くのに対して、『美しいからだよ』には性別以前のものたちが生きている(それを書くために人っぽいものと人じゃないっぽいものがいる)ところが魅力的。
学校空間の使い方も、文月悠光『適切な世界の適切ならざる私』より読みやすかった。
文月さんは当時18だったし(18という数字が呼び込む反響に負けたくなかったと本人は語っているけれど)、やはりこれは高校の時に読んだ方が響いたのかな〜というかんじ。なまじ高校を出て数年しか経っていない今の私が読むと、ちょっとこれはもうしんどいなと思ってしまった。でも、水沢さんの詩は登場する生き物(?)たちの存在に広がりがあるからかな、無理なく私の中に浸透した。

今村夏子「森の兄妹」

私も手汗かいちゃうので最初の2ページでまず共感してしまって、いやいや、と笑ってしまった。宮沢賢治「黄色のトマト」のように、うきうきしているその直後には何かとても悲しいことが起こってしまいそうだとひやつきながら読む。妹の姿も「こちらあみ子」のあみ子を想起させるけど、軍手を捨てられるシーンなど、この物語の文脈を少しでも相対化してしまえばぽっちりとしたことが、何をどうしてもこんな気持ちになってしまう、このように行動せざるをえないという説得力を持って迫ってくるので、胸がいっぱいになる。その辺の草原でキジを見かけて、信じてもらえなかった経験が私にもある。孔雀と混ざりがちだったのもわかる。ラストでお母さんが漫画をプレゼントしてくれたこと、とてもうるっときてしまった。

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