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『このあたりの人たち』

2022/12/27
2019,川上弘美,文藝春秋.

弘美さんの短編が良いのは、文章の淡白さと、エピソードをまたいで絡まる世界の奥行きだと思う。無機質な淡白じゃなくて、もやとか霞とかオブラートをかけたような、シャープネスを減らすほうの淡白さ。

社会からちょっと外れてる人が出てきて、今村夏子的な不条理も感じるし、いとこの兄ちゃんが昔住んでた町はいま思えば変やし治安も悪かったって言ってた話も思い出す。「田舎」という言葉で最初に連想するノスタルジックな田舎じゃなくて、こういう田舎ってもうどこにあるのか(わたしの記憶にはぎりなんとなくあるけど)、あるのだろうけど現在のわたしの生活圏からはすごく遠くてよく見えない。

いまのわたしが属する社会は、すべてがクリアで、あいまいさの残る余地がない。『このあたりの人たち』のあいまいさというのは、人と人ならざるものの輪郭というのもそうだけど、だいたいのことが口伝えの噂で成り立っていて、ほんとうのところは定かでないというのもそう。閉じられた町の田舎っぽさはここから来るのだけど、それは地理的に遠くの「田舎」というより、時間的に遠い「田舎」のように思える。

へんくつな人が急に秩序に包摂されたりところどころこわいのだけど、後ろのほうは革命軍とか大統領とか伝染病とか隕石とか、個人単位じゃなくて集団でまるごと退廃的な展開になったりする。相対性理論みたいと思いながら、これがコロナ前の作品でよかったとなぜか少し安堵する。わたしは「ひみつ」と「果実」がすき。

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