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因果応報

 愛理は中学校1年生の女子である。長い髪が密かな自慢である。
 「お風呂がめんどくさいだけだよ」
 などと、普段クラスメイトたちには、謙遜のような自虐をしているが、内心では自分の髪には自信があった。愛理は毎朝学校に行く前、髪の手入れに1時間はかけていた。

 ある日。
 クラスメイトの陽菜が、突然ベリーショートに髪を切ってきた。愛理はその変わり果てた姿に驚き、そして心の奥で小さな嬉しさを感じた。同じロングヘアの陽菜に対して、ちょっとした疎ましさを感じていたのだ。彼女はこの機会を利用して、友達に陽菜を陰でバカにする話を広めた。
「ねえ、陽菜のあれ、どうしたの?酷い髪型」
と愛理はクラスメートに言った。友人たちも少し笑いながら同調した。
「似合わないねー」
 陽菜はそれを聞いて、わっと泣き出した。
 そしてすぐに、その噂が教師の耳に入った。教師は、愛理の言動がいじめにつながる恐れがあると判断し、事の詳細を愛理の親に報告した。愛理が家に帰ると、両親が厳しい顔で待っていた。

「愛理、お前今日学校で何をした?」
 と父親が冷たい声で言った。愛理が部屋で勉強していたら、階下に呼ばれたのだった。
「え、いや、何も…」
 と愛理は答えたが、心の中では不安でいっぱいだった。
 母親は深い溜息をつきながら言った。
「陽菜ちゃんに酷いこと言ったって、先生から聞いたわ。そういうことは許されないわよ。」
 両親の雰囲気は、明らかにいつもと違った。愛理は驚きと恐怖に震えながら、
「ごめんなさい、でも、別に冗談というか…」
 と弁解しようとした。
「弁解の余地はないわ」
 と母親は厳しく言った。
「罰として丸坊主よ」
 愛理は知らなかったが、陽菜の父親は愛理の父親の上司なのだった。
「どうして…そんなことをするの?」
「反省を態度で示せ」
 と父親が冷たく答えた。

 愛理はリビングの真ん中に置かれた椅子に座り、深い不安と恐怖で心がいっぱいだった。髪を丸坊主にされることが決まってから、彼女の目には涙が溢れ、止まることがなかった。母親が手にしたバリカンの音が、ますます心を締め付ける。
「お願い、やめて!」
 と愛理は泣きながら懇願した。しかし、母親は冷淡にその声を無視し、父親にバリカンを渡した。
「いい加減にしなさい。これであなたがどれほど愚かなことをしたか、ちゃんとわかるはずよ」
 と母親は厳しい口調で言った。父親はバリカンのスイッチを入れ、無言で愛理の髪を刈り始めた。
 愛理の髪が少しずつ床に落ちる音が、部屋中に響いた。愛理は耐えきれず、声を上げて泣き続けた。
「いや!やめて!いや!!!」
 と何度も繰り返し、泣きじゃくったが、両親の態度は変わらなかった。父親は冷静にバリカンを動かしながら、
「これが自分の行動の結果だと、ちゃんと理解しなさい」
 とだけ言った。愛理の長い髪が次第に消えていくのを見て、彼女の心はどんどん冷たく、無力感に包まれていった。
 刈られ終わって、愛理はさめざめと泣きながら散らばった髪を集めた。
 (どうしよう…)

 髪がすべて刈られ、愛理は丸坊主にされた姿を鏡で見つめながら、涙が止まらなかった。
「なんで…」
 と愛理は涙声で呟いたが、両親は何も言わず、ただその場を去っていった。愛理は鏡の前で泣き続けた。

 翌朝。
 愛理は夢であってほしいと願いながら目を覚ました。しかし、自らの頭に触れ、また鏡に映る自分の丸坊主の頭を見た瞬間、昨日の出来事が現実であることを痛感し、胸が締め付けられるような絶望感に襲われた。
「学校なんて行けないよ…」
 愛理は鏡の前で涙をこぼしながら呟いた。頭を隠したくてたまらなかったが、家中どこを探しても帽子が見つからない。必死で探し続けた愛理は、階下の台所に向かった。そこには、ゴミ袋がいくつか積まれているのが目に入った。
「まさか…」
 愛理は心臓が冷たくなるのを感じながら、ゴミ袋を開けた。その中には、彼女の帽子がすべて無造作に詰め込まれていた。母親が台所に現れ、冷たく言い放った。
「帽子はすべて捨てることにしたわ。あなたが自分のしたことを反省するためには、頭を隠す必要なんてないでしょ。」
 愛理は母親の無情な言葉に何も言い返せず、ただ涙を流すだけだった。恐怖と悲しみが混じり合い、彼女はその場に立ち尽くした。


 登校の時間が迫り、愛理はどうにか心を奮い立たせて家を出た。学校に向かう途中、彼女は誰にも見られたくないという思いでいっぱいだった。通りすがりの人々が振り返って彼女を見ている気がして、心臓が早鐘のように鳴った。
 学校に着き、教室の扉を開けると、クラスメイトたちの視線が一斉に愛理に注がれた。彼女の丸坊主の頭を見て、教室の中がざわつき始めた。愛理は顔を伏せ、震える足で自分の席に向かったが、クラスメイトたちは距離を取るようにして道を開けた。
「何あれ…」
 誰かが小さな声で呟いたが、愛理はその言葉を聞き流すことしかできなかった。


 クラスの中では、愛理の髪をバカにする小さな声が徐々に広がり始めた。
「丸坊主?」
「女の子なのに」
「もしかして…陽菜いじめた罰?」
 そんな言葉が愛理の耳に入り、彼女はますます小さくなりたくなった。孤立感が愛理を包み込み、教室での居場所が急速に失われていくのを感じた。涙が再び目に溢れたが、誰も彼女を助けようとはしなかった。クラスメイトたちは彼女を避けるか、遠くから見つめるだけだった。

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