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30DaySongChallenge Day7

今わたしが乗っている車は、父が生前乗っていた車だ。車好きの父が、最後まで自分で通院しようとしていたのを諦めさせるため、わたしたちの車が故障して「すぐに車が必要だ」と言って奪った(ローンごと笑)。父がガレージの自分の車を見てもがっかりしないように・・・・

*ドライブで聴きたい曲*

『漁歌』北島三郎

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♬はまらんかい きばらんかい 沖は荒海 男の海よ

この部分が好きで、でも「まらんかい」を「まらんかい」と聞き間違えて謳っていた。しかも「はまらんかい」ってどういう意味かも解っちゃいない (*´Д`){てへへ…

仕事場で、いつもサブちゃんを聴いていた。でも、ただ流れているだけだと思っていたから、父がサブちゃんを「好きなんだ」とは思わなかった。おかしな話だ。わたしたちだって好きだからこそそのアーティストのCDを求めて聴いているのに、父親のその行為が、自分たちと同じことだとは結び付かないだなんて、バカにしてるもいいところだ

父から車を譲り受けた際、内装こそ少し手を加えはしたが、車内につけられていたキーホルダーその他は、父が乗っていた時のままにしている。わたしがあげたスティッチのキーホルダーもついていた
そしてナンバープレートを替える際も、同じナンバーで希望を取った。父が気に入っていたナンバーだった。だからなるべく父が使っていたそのままに残しておきたかった。結果それが遺品になってしまったわけだけれど…

車を運転していて、うっかりしていて危ない運転に繋がることがある。もちろん安全運転を心掛けてはいるが、なにがあるか解らないのが世の常だ。そんな時「父に守られている」と思う

子どもの頃父の車から流れていたのはエイトトラックの、BeatlesとVenturesだった。多分それらは、好んで流していたわけではなく、車にカーステレオをつけてもらったときに一緒に譲り受けたテープだったのだろう。わたしが幼い頃、我が家の経済はそういう趣向品にお金を掛けられる余裕はなかった
わたしは我慢を知らない子だから、欲しいものは後先考えずに手に入れる派だけれど、父は自分のことは二の次で、身を削ってでもわたしたちを優先してくれるような人だった

父が入院するような体調になってからは、わたしが父の車で病院までの1時間を運転した。言いたいこともあったろうけれど、父は黙って隣に乗っていた。朝早くから出掛けて行って、待合室で長時間待たされて疲れても、帰りに一緒にファミレスでご飯を食べるとその日の苦痛はリセットされた。そうしてまた1時間かけて家に帰る。お父さん、わたしの運転は怖くなかったのかな・・・・

通院の途中の車の中は、いつもわたしの好きなK-popの曲が流れていた。父は片耳が聞こえなかったから、それを聴かされていた…とまでは思わなかっただろうけど、わたしも気遣ってサブちゃんのCDでも流していればよかったな…と、今さらながらに反省
当時、片道1時間の距離を、どんな話をしながら病院に向かっていたのかまったく覚えていない。せめて一緒にサブちゃんを歌いながらドライブ気分を味わえばよかった。わたし、結構サブちゃん歌えるんだよお父さん

父の命日は、マイケル・ジャクソンと同日で、その日はわたしの旦那さまの誕生日・・・・その日を選んだのにもわけがあるんだろうなと思いながら、未だ喪失感のない父の存在を大きく感じている次第です



7日目は父との思い出を振り返ってみました~(^^♪
湿っぽくなっちゃったけど、落ち込んでるわけではないよ。また明日!




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