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ゆうやけのできるところ

子どもの頃に観たむかしばなしで「夜ができたわけ」みたいな内容の話があって、村人が神さまに「いきなり真っ暗になると危険だからだんだん暗くなるようにしてくれ」と要求したら、東から西に徐々にカーテンを引くみたいに暗くなっていく…というシーンがあって、最近夕焼けを見る度にそれを思い出す

たまーに、本当にシャッター引いたような、下の方だけが明るくて、暗い雲がかかっている夕焼けを見ると「あぁ、あそこが閉じたら夜になるんだな」って、ひとりでにやにやしちゃったりして…「閉店ガラガラ夕焼け」が見れるとワクワクする。裾を引っ張るみたいに「夜のカーテン来るぞ」って、つい魅入ってしまう

いつからわたしは外で遊ばなくなっただろう・・・・
学校から帰れば無条件で放課後に会える友だちがいて、特に約束をしたわけでもないのに「きのうの続き」で、時間を惜しむように遊んでいた。今では散歩すらしたくないわたしが、熱かろうが寒かろうが、ひたすら空の下で笑っていた。人生に換算すると、ほんの数年。なんだかそう考えると不思議

学校にも仕事にもいっていないわたしは、ただ家にいる。やることといったら、家族のご飯を作って、たまに送り迎えして、愛犬とお昼寝・・・・時々パソコン
きっと、今の自分は想像していなかった。でも、働いている自分はもっと想像できなかった。わたし、自分にはあまり期待していなかったというか、未来が見えなかった。ず~っと「今」だけだと思っていたから、外に出なくなる日が来ると思わなかった

毎日のように見ていた夕陽も、今はたまにしか見ない。外にいることもなければ、わざわざ窓から見上げることもなくなった。あの頃大きいと思っていた夕陽は子どもだから大きく感じたのか、今は本当に遠くなってしまったのか、いつかまたあの頃と同じ夕陽を見る日がやってくるだろうか
それでも、子どもの心でとらえた夕陽は、もうあの時だけの閉じ込められた時間なんだろうな

あの頃は夕焼けに文句を言っていたかもしれないな
「まだ沈まないで」「なんでもッと遊べないの?」って、子どもは勝手だから、楽しいことしか求めないし、楽しいことばかりをしていたい。大人になってもそんな風に考えられたら、もう少し違ったのかな



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