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Fake,Face 11

 ヨシオは一瞬にして激しく泣いた。男は驚いてヨシオがつかんでいた足を引いた。同時に、近くから「ヨシオが!」と呼ぶ父の声が聞こえ、すぐに抱き上げられた。
 「子どもが、その、済みません」
 「いや、いいですよ」
 そんなやり取りが交わされ、ヨシオはなおも父にしがみついて泣き続けた。

 「お父さんに似てきたね」
 子どものころのヨシオは、そう言われると嬉しかった。強くて器用な父。父のような男になって、きれいに磨いた革靴で砂粒を踏みつぶす音を立てたかった。
 しかし、成長して父を一人の人間として見るようになってから、感情は複雑になっていった。父は雪深い山村でそう育てられたように、思春期の子どもと対話する言葉を持たなかった。
 母が父と対立したときは、いつも母の側に立って父をなじった。
 ヨシオは自身が父の晩年に近い年齢になって、父の不器用を知った。
 日露戦争に従軍したという祖父の厳格な顔を思い出した。遺影は太い眉、こぼれんばかりの口ひげ、鋭い眼光は斜め上の虚空をにらみつけて幻想のユートピアを夢見るカール・マルクスだった。

 父が好んだ銘柄の熱燗をなめながらヨシオは、高校生のとき、一升瓶から盗み酒をして水増ししたことを思い出した。

シニアの旅に挑戦しながら、旅行記や短編小説を書きます。写真も好きで、歴史へのこだわりも。新聞社時代の裏話もたまに登場します。「面白そう」と思われたら、ご支援を!