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疑問文に疑問文でこたえる

スマホ向けのゲーム実況配信サイト・ミラティブで、「クイズ!早押し学園」というクイズアプリのプレイ動画の配信を始めて、既に三十回弱を数えるまでになった。

後続のクイズアプリ「みんなで早押しクイズ(通称:みんはや)」と違って、投稿したクイズ問題はクオリティの良し悪しに関わらずすべて採用される仏仕様である。(というか、そもそも採用・不採用の概念がない。)

そのため、硬柔両方のクイズ問題が出題され、時折、みんはやのフリーマッチでおみかけするような、凄っ!!面白っ!!となるクイズ問題がごろごろ転がっており、まだ見ぬ面白知識との出会いを求めて、リリース間もない時期から細々と遊び続けている。

んで、このアプリ。みんはやと違って、旧来型のクイズゲームの例にもれなく「復習機能」がついていない。(さらに言うと、正解表示機能もない。)

そのため、ミラティブで配信し、後でその動画を見て復習を楽しんでいる次第である。

今回は、自分の配信動画を見返してたときに気がついたことがあったので、少し面白いと思い残しておきたい。

  ◇  ◇  ◇  

今日も復習ぜよ!!と動画を見返す。

無言配信だと調子が乗らないので、出された問題を読み上げ、思考過程をひとりごち、出した回答を口に出し、問題の感想をあーうーいーうー言いながら、3◯2Xを5セット繰り返すだけの配信である。

そこで気がついたのだが、
「クイズに答えるときに、回答を疑問文で返していた。」のだ。通常、疑問文に対しては肯定文で返すものであり、質問に対して質問で返すのはおかしなことである。

例えば、「漢字の『卍』の画数はいくつでしょう?」と問われたら「4画です。」と断定的に返答するのが普通だけど、動画を見ると、「4だったかなぁ~、いや5?いや、4でいいよなぁ~。う~ん。」と言いながら回答欄に4と打っている感じ。

自分が出たバスケの試合動画を見て、思ってた動きと違うなぁ、もっと早く動いてるイメージだったのに、と思ったり、プレゼン発表の動画をみて「あー」とか「えーと」が多いなぁとか発見するアレに近い感覚。久しぶりの感覚。

別に、ジェパティを意識しているなんてわけではない。無意識。いつからこうなのか?なぜこうなのか?少し探ってみた。

  ◇  ◇  ◇

◯理由その1:精神衛生上の観点から

ひとつは、断定口調で返して不正解になったときの精神的ショックを緩和するためという説。予防線を張るともいう。

「忍者の里として知られる市で、/ (◯◯市があるのは何県でしょう?)」との問いに「滋賀県です!」と断定的に答えたとしよう。
「違いますね。三重県です。」と言われちゃうと、少しシュンとなるのではないか、自分だけだろうか。シュン。

一方、「忍者の里として知られる市で、/ (◯◯市があるのは何県でしょう?)」との問いに、「滋賀県だと思いますがどうでしょう?教えてください。」という物腰で「滋賀県かなぁ~?う~ん。」と疑問形で答えたとしよう。
すると、「違いますね。三重県です。」と同じことを言われた場合でも、「あぁ、三重県でしたか、ありがとうございます。」と感謝の気持ちを返して精神的な衝突を減らすことができる。
これにより、誤答するたびに気持ちがマイナスになっていたのが、誤答する度にプラスになる。心の持ちようでこうも変わる。

疑問文で回答することには、そんな効能がある。
やさしいクイズ。クイズ、やさしいね。



◯理由その2:早押しのテクニックの副産物として

もうひとつは、「わかった!で押す」から「わかりそう。で押す」に早押しクイズに対する考え方が変化したことに伴う思考特性の変化によるものではないか?というもの。

早押しクイズのテクニックとして、「わかったところで押すのではなく、わかりそうなところで押す。」というお話。ここまでは、まあ、よく言われる月並みのお話で、クイズ王の古川洋平さんや、QuizKnockの伊沢さんなんかも解説動画を出している。

んで、よく言われてないのが、「わかりそうか、わからなそうか、をどのタイミングで判断するか」のお話で、ここまで具体に踏み込んだ話をするのが割りと重要だと思うんだけど、これは誰か語っている人をみたことがない。

結論から言うと「三文字」である。自分は開始三文字で、どんな文字列であれ、いったん判断するようにしている。
一文字ではだめ、二文字でも足りない。三文字がギリギリちょうどよい。
三文字まで聞けば、少なくともわかりそう、わからなそう、正解を出せそう、正解を出せなさそうが、なんとなく判る。


例えば、「問題。フラン/ まで聞いて、「ここではまだわからないな、もう少し聞こう」とか、もっと言うと、「フランス語で」と語源に続く場合や、「フランソワ」と人名が続く場合に備えたり、単に「フランス」と続いた場合に、次の助詞がおそらく「の」になるからもう少しゆったり構えてよさそうだけど、「に」「、」は注意しとこう。等と予め用意した思考セットで待ち構えておくというのが具体の思考過程である。

実際にはこれに「ギア」と呼んでいる押し方に対する無意識のブレーキを加えつつ、直前の判断箇所でここまで聞こうと判断されたポイント毎にこの思考を繰り返し、答えを絞っていく。

そのため、少し早めのところで押すと、まだ頭の中に別解が想定される、もしくは、他に想定されないかを制限時間目一杯まで考えるため、その結果、回答が疑問文となるのではないか?あくまで、推測の域を出ないが。

三文字クイズの訓練は、一見、クイズを覚えゲーとみなすきらいが感じられ遠ざける人が多いのだか、丸暗記だけではなく続きを考えて触れると、実は早押しの反応速度をあげるに充分なトレーニングになるのだが、悲しいかな、、このことに触れているクイズ屋さんに出会ったことがない。

こんなとこだろうか。
まとめると、ひとつには、出題者・知識と自分との関係を「試す者・試される者」と相対する敵みなすのでなく、「新たな世界や可能性を提示してくれる者・新たな世界の知りたがりや」と同じ方向を向いた仲間とみるクイズ観のあらわれという説。
そして、もうひとつは、都度都度、判りそうかどうかを判断する早押しテクニックを用いていることのあらわれという説である。

んで、もひとつあるのでは?と考えた。
実は、そもそもちゃんと覚えてないのではないか?というもの。もはや記憶力がおじいちゃん。

◯理由その3:そもそも覚えてない

記憶する対象そのものをあまり記憶しなくなったのは、大学二年生の頃で、そのころから記憶力のおじいちゃん化が本格的に始まった気がする。クイズで出る語句を覚えるときも、それだけを丸暗記するのがなんか辛くなり、関連する周辺事実を3つ4つ覚えて、そこから導くように答えをだすのを楽しみ始めた。計画的なベイカーベイカーパラドックス

例えば、
Q.人類で史上初めて命綱なしの宇宙遊泳をしたアメリカの宇宙飛行士は誰でしょう?
A.ブルース・マッカンドレス

という当時中級ベタ位だった問題を覚えるとき、先ず、
「真っ赤なドレスを宇宙服に身に付けた人が無重力の宇宙でゆったり回っている図」がパッと直感的に浮かべるようにする。("する"というか先ず画像が浮かぶように"なった"というのが正確なところなのだが。)

なんだこれは???となるので、そこから、ほかのベイカーベイカー知識を援用して、さらに絞っていく。

例えば、「誰かの息子って意味の名前だった、マッカーサーがマック・アーサー(アーサーの子)みたいに。」というベイカーベイカー知識で「マックなドレス」まで近づける。

「ドレスみたいな名前から、アンドレアス」と推測し、「先祖が海賊のならず者で、平氏が半氏に偽名し落ち延びたように、アメリカに移住するにあたり名前を変えた」というベイカーベイカー知識を合成し、「アンドレアス→アンドレス」を導く。

結果、マッカンドレスが見えてくる。といった具合。
(真っ赤なドレスに似ている。◯◯の息子という意味。アンドレアス→アンドレス。の3つの制約を満たしている。)

覚えた答えを記憶から呼び出してこたえるのも楽しいが、周辺知識からああでもないこうでもないと絞り出すのは、それとは違った癖になる楽しさがある。

こうなると、ものを覚えておくとき、「忘れないように覚えておく」のではなく、「導いて思い出せるように、一般法則と関連事実をセットで覚えておく」ようになってくる。そして記憶力がおじいちゃんになる。

(80:20の法則)^n」のお話や、「みんはやよだれねこ杯」の作り方なんかも、こういった知識・知恵とのつきあい方が関係してそうな気がする。

こんな気付きがありましたとさ。参考までに。(終)

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