未定
「会いに行くよ」
…どうでもよかった。
「新大阪までいくよ」
…どうでもよかった。
19歳の春。だれでもいいから出会いたかった。誰でもいい。早く元彼を忘れたいから。
誰かと身体の関係持ってしまえば、元彼なんて忘れられるだろう。
キスの感触や肌の感覚、声や匂いやメールの文面や一緒にいた思い出も。
フラれたその夜、横断橋から飛び降りようとしたことも全部全部全部…
忘れてしまいたい。死んだように生きていくため。
誰でもいいから出会いたかった。なげやりだった。
「じゃあ、新大阪の改札で待ってるね」
昼過ぎの少し晴れ間が見える空の下で、
私は写真でしか顔を知らない人を待っていた。
名字も知らない。都内の大学生ってことだけしか素性知らない。やりとりは、サイト内の文章のみ。
「ついたよ。どこにいる?」
「中央改札にいるよ。服装は?」
「全身黒いよ。君は?」
自分の服装を伝えることなく、
私は必死に全身黒い人を探した。うっすら遠くに、らしい人を見つけた。
と瞬間、怖くなって違う場所に逃げてしまった。
実在したんだと。私と文面だけやりとりしていた人が。
普段生活している私とは全然違う、ネガティブな感情をおもむろに吐き出して受け入れてくれた人間が本当にいた。
そして、わざわざ大阪まで来た人間が近くにいる。
自分の卑怯な感情は、このまま逃げたいに傾いていた。
遠くに見える彼は、キョロキョロしながらさ迷ってる。ケータイ見て、顔あげて、キョロキョロして、ケータイ見て。
そんな姿見て、自分の卑怯な感情が腹立たしかった。
「私は花柄のロングスカートだよ」
まだちょっと怖いけど、待ち合わせの場所に戻った。
私を見つけたときの彼は、今でも忘れられないほどに瞳がキレイだった。それがさらに怖かったのも覚えている。
「実物、ブスでごめんね」
やっと言えた言葉だった。
否定はしてくれたけど、さっきの卑怯な感情も相まって、申し訳なくて辛かった。
「とりあえず、ゆっくり話したいんだ」と優しい声。なんだこの人は? と思った。
なんでこの人は、私にまっすぐ話しかけているんだろうと思った。うまく話せるか不安になっていた。
喫茶店に入って、黙りこんでる私をよそに、たくさん話しかけてきた。
彼は、自分が書いた絵を持ってきてくれていた。
今まで、ちゃんと絵なんか見たことなかったから、正直わからないけど、暖かさやぬくもりを感じれる絵だった。
少し緊張が溶けた私に彼は、水を一口含んで、
「ごめんね、見栄はってさ」
「ん?」
「実は、コーヒー苦手なんだ」
……私もだった。
「私も見栄はってた、コーヒーダメなんよ。そもそもこんなキレイな喫茶店初めてで」「俺も。だからコーヒーしか頼めないと思ったよ」
身の丈に合わない店。お互いそう感じてたんだってことが、嬉しくて面白かった。
なんとなく緊張がとけたような気分になれた。
「大阪来たし、たこ焼き食べたい! かに道楽も見てみたいな!」
大人になりきれていない、二人だけの大阪修学旅行がはじまった。
彼はどんだけ撮るの? といわんばかりに街並みを撮っていた。無邪気に笑いながら。
たこ焼きも案の定、中が熱すぎてやけどしていた。その顔は純粋さを感じるような、子供みたいだった。
服装はちょっとよれた黒の長シャツと黒のズボンでくすんで見えるのに、なのに、笑顔だけは本当に輝いていた。
それがどこか苦しくなっている自分もいた。
こんなに笑ってる人を見るのが、なんとなく辛くて胸がつかえる感覚だった。
でも、楽しくて仕方なかった。
気がつけば、辺りは夜の街並みに変貌していた。
「今日、大阪に泊まるんだ。部屋来ない?」
さっきまでの修学旅行から一転、大人の世界が始まったと思った。
純粋な感じで、会話したり、遊んだりしていたのに、急に空気がかわってたじろいでしまった。
さっきまで楽しすぎて忘れてたけど、
私は本来、誰でもいいから身体の関係になることが目的だった。
むしろ、さっきまでが余計だった。
そうだよ、そうだった。
こうやって私は好きでもない人と寝れる人間になるんだ。
彼だってそうだろう。わざわざ大阪まで来て、やれずに帰るとかありえないだろう。
そのために来たはずだろうし。
「わかった」
私が見える景色は急にくすんだ。
そう、どうでもいい。
忘れるため。どうでもいい。
自傷行為したかったから。
部屋につくと、二人ベットに座った。
いつ来てもいいように、腹はくくった。
二人とも黙っていた。秒針の音がやたら響いていた。
「今日楽しかった。ありがとう。」
彼のしぼりだすような声。
「抱きしめていい?」
私は無の境地にいたので、好きにしたら、 と思ってなるがまま、なされるがままになった。無になると何も思わないんだと知った。
けど、怖い気持ちはあった。
怖くて、私はずっと目を閉じていた。
耳からは、彼の吐息や鼻をすする音が聞こえてきた。
鼻をすする音が大きくなっていた。
それと同時に、ほほに水がついた感覚があった。
若干不快に思い、目を開けた。
泣いていた。
私を抱き締めながら泣いていた。
意味がわからなかった。
「…なんで泣いてるん?」
「ごめん」といい、私と離れて、涙を拭き取ってから、再び近づいて、
「幸せすぎて」
声は震えながら、痛いほどに抱きしめられた。
体が硬直した。
息ができない、胸が痛くて苦しかった。
性欲だけの行為じゃなかったの?
わからない。頭がパニックになってる。
相手をその気にさせて、気分乗らせてくれるための見せかけの優しい言葉?
にしても、それにしちゃあ、力が強すぎて痛いよ。
本気…?
私たち、会うの初めてだよ。
おかしくないかい?
確かに文面ではたくさん交流してた。
相手がどんなのか、それこそ初見だよ。
「なんで…?」
苦しくなって聞いてみた。
「なんで、見た目とかわからんのに、なんでそんな言葉を安易に使うの?」
再び涙をぬぐいながら、
「文面だけだったけど、君のこと好きになっていたんだ。実際、もっと暗い子と思ってたのに、会ったら明るかったから、もっと好きになった」
ビックリしすぎて、涙はでなかった。嬉しかったけど、悲しかった。
わかってる? 私、安直な気持ちで今、貴方と会ってるんだよ。
…ほんとにごめん。ごめんよ。ごめん。
どうしていいかわからなくて、卑怯な私は逃げるように帰っていった。
そのあと、連絡が来たけど、怖くて、無視していた。
彼の気持ちが本当ならば、私は答えられない。怖かった。苦しかった。
こんな風に向き合って、接してくれる人、世の中にいるんだって、驚きで。
本当なら、すごい人だなって。
すごい人。