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『交雑する人類』その4:ヨーロッパ編

■ヨーロッパにおける人類の変遷

『交雑する人類』ヨーロッパ編は、最もゲノム解析が進んでいることもあって、記述量も多く、その詳細をまとめるのに苦労しましたが、おおよそは下表のとおり。

みての通り、ヨーロッパには計6つの狩猟採集の集団が数千年単位で定期的に中東&ステップ方面から移住してきましたが、農耕民を経由しつつ、最終的には牧畜民に取って代わられるという人類史(交雑によって「最後の狩猟採集民」と「古代農耕民」のDNAは残存)。

ステップ地帯からやってきた牧畜民のルーツはコーカサス地方(黒海とカスピ海の間)だから、コーカサスを起点にインド=ヨーロッパ語族は拡散し、途中で様々な集団と交雑しながら西ユーラシア及び南アジアに広がったらしい(サンスクリット語やイラン語、ラテン・ギリシア含むヨーロッパ系言語は同じ言語集団)。

彼ら彼女らをナチスはアーリア人と呼んで、その直系子孫がゲルマン人たるドイツ人だとしたのですが、著者によれば、すでにコーカサス起点の集団は、各地で交雑してそのゲノムの一部が、地域ごとの現代人や古代人のゲノムに現れているだけで、しょせん人間はどこまでいっても雑種であり、人類に純血種なるものはいないとしています。

(ナチスの鉤十字はヒンドゥー教においては幸運のシンボル)

その意味では日本も遺伝的にも文化的にも雑種ですが、

基本的に現生人類は移動と交雑によってそれぞれの集団にグラデーションがあるだけで明確な区分はないということ。

一方で別の章では、有史以来の歴史においては、ユダヤ教徒(著者もユダヤ人)・ヒンドゥー教徒などは、それぞれの集団内(ヒンズー教はジャーティ単位)での結婚を2,000年以上にわたってほぼ維持している、というのが全ゲノム解析によって明らかになっているというのも面白い。

■ネアンデルタール人との交雑

著者と共同研究したスバンテ・ペーボ氏は、ネアンデルタール人やデニソワ人のDNAが現代人のDNAに残存しているという説によってノーベル賞受賞。

わたしたちは現代の非アフリカ人ゲノムの1.3ー2.1%ほどがネアンデルタール人由来であることを突き止めた。

本書82頁

これまでネアンデルタール人は現生人類との生存競争に負けて絶滅したと思っていたのですが、実は3.9万年前の火山の大噴火によって絶滅したらしい。その時同時に共存していた現生人類も一部生き残りつつほぼ絶滅。

ネアンデルタール人はヨーロッパに主に住んでいたらしいのですが、それではなぜ我々のような東アジア人にもネアンデルタール人のDNAが包含されているかといえば、非アフリカ系現世人類と交雑したのは中東あたりではないかとされているから。

中東で交雑した後、いったんアフリカ大陸北部にとどまり(これも新説?)、その後に全世界に拡散。

したがって、アフリカ人にはネアンデルタール人のDNAは残存していません。

■6度の狩猟採集民の到来

何度も狩猟採集民がヨーロッパにやってきますが、氷河との関係で、分断されたり南に押し下げられたりされたり、北上したり、と気候変動によって狩猟採集民の生存は大きく左右されてきたようです。

うち「古代北ユーラシア人」というのは、2.5万年前からユーラシア大陸に登場し、東はアメリカ先住民から西は北ヨーロッパ人まで、その勢力を拡大した結果、ヨーロッパ人は遺伝的に東アジア人よりもアメリカ先住民のほうが近いらしい。

アメリカ先住民のDNAの約3分の1が古代北ユーラシア人からきており、残りが東アジア人からきていることがわかった。ヨーロッパ人が遺伝的に東アジア人よりもアメリカ先住民の方に近いわけはこの大規模な混じり合いで説明できる。

本書136頁

*古代DNA解析によってゴースト集団(古代北ユーラシア人)の存在が明らかに

本書134頁

このように長い人類の歴史においては、その場所に住んでいる住民の祖先がその場所に住んでいる、ということは殆どない

人類の歴史の至る所に行き止まりの道がある。過去にある場所に住んでいた人々を、今そこに住んでいる人々の直接の祖先だろうと考えてはならないのだ。

本書146頁

■古代農耕民の到来

上図の「サルディーニャ人」が古代農耕民。肥沃な三日月地帯で始まった農耕は、もともとはDNAの大きく異なる「イランの狩猟採集民」「ヨルダン・イスラエルのナテュフ人」が農耕の技術を習得。

その後、8.8千年前より複数回にわたってスペインやドイツまで拡散し、当初は先住の狩猟採取民と共存して交雑しなかったものの、6千年前にやってきた農耕民は先住民と交雑して双方のDNAを保持。

この点は、先住の集団を絶滅に追いやって拡散した狩猟採集民と違って、他集団と交雑しつつ広がったというわけだから、農耕民の方がより平和的なのかもしれません。

■ステップ地帯からやってきた牧畜民

今のヨーロッパ人のDNAに最も影響を与えたのがステップ由来の牧畜民。農耕民のあとからやってきて農耕民に完全にとって代わられたというのですが、上表のペスト説のほか、森を切り開いてステップにして農耕民とすみ分けたという説もある。

彼ら彼女らの源流は、ステップ南部のコーカサス地方。というのも現代のアルメニア人やイランとの遺伝的に似通っている点から、この辺りだろうとの推測。

牧畜民は、車輪を発明し車輪とともに西ユーラシアにあっという間に拡散。イギリスのストーンヘンジも彼ら彼女らがもたらしたもの。


このように現代ヨーロッパ人は、大半がステップからやってきた牧畜民のDNAで、これに古代農耕民と温暖期に広がった最後の狩猟採集民の3つの系統によってゲノムが構成されているとのこと。

ヨーロッパ含む西ユーラシア全体では、アングロサクソンだとか、ケルトだとか、ラテンだとかに分かれる前のヨーロッパは、おおよそ牧畜民の遺伝を主としつつ、旧人類含め、さまざまな系統の遺伝が多種多様に混ざり合った人々だったのです。

*写真:スウェーデン⇄フィンランドを結ぶ「バイキングライン」
                           (2018年7月撮影)


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