#09「ポンジュノ全解説『アーリーワークス』『ほえる犬は噛まない』『殺人の追憶』」(2/4)(音声/文字両対応)

#08~#11の4連続エピソードでは、某雑誌編集者の「池田さん」をお招きし、『イカゲーム』を発端に、現代映画作家の最高峰『ポン・ジュノ』の諸作品を取り上げていきます。

本エピソードではポン・ジュノ初期短編3作品、『ほえる犬は噛まない』、『殺人の追憶』をテーマに語り合います。

以下、音声の一部文字起こしです。

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1. 初期短編から顕著な、ポン・ジュノの作家性とは

深「キャリア1作目となる『白色人』は、「エリートサラリーマンが道に落ちた指を拾う」というアバンギャルドなプロットですが、その後の『パラサイト』にも直接繋がるような住居の配置(高層ビルに住んでいる主人公が坂を下ると、荒屋のような集合住宅が広がる)で貧富の差を見せるメソッドが既に確立されていたことがわかります。」
池「”指を拾う”と聞くと連想してしまうのはやはりデヴィッド・リンチの『ブルーベルベット』。あの作品で拾うのは耳でしたが(笑)あとは1991年に出版された『アメリカン・サイコ』という小説(のちに映画化)も、ホワイトカラーの主人公が裏では猟奇的な殺人を行なっている、というストーリー構成でした。80年代後半〜1990年代初頭に通底する雰囲気のようなものがこれらの作品を通して感じ取れるのではないでしょうか。」

深「続く2作目『支離滅裂』という3つの短編から成るオムニバスでは、”普段は偉そうな顔をしている知識人も、実は恥ずかしい一面を持っている”というポンジュノの皮肉めいた思想をストレートに描いていました。この後も幾度か言及することになるかと思いますが、”登場人物の多面性を描く”というコンセプトはポンジュノ作品における最も重要な要素の一つであると言えるかなと。」

2. 『ほえる犬は噛まない』-長編デビュー作にして最大の怪作

深「池田さんはこの作品が一番好きだったとのことですが、どういった点を気に入りましたか?」
池「一言で言うと、めちゃくちゃセンスが良い(笑)軽快な音楽と、人物ひとりひとりを丹念に描いていく演出。決して裕福ではない上に、仕事にもあまりやりがいを感じてなさそうな女の子(ぺ・ドゥナ演じる主人公)が、日々の”満たされなさ”から逃げるようにタバコをふかすシーンなど、一見目立たなそうな人たちの間にも生活が存在しているんだ!ということを説教臭くなく、さらっと描いているというところがとても好きでした。」
深「確かに。ポンジュノもどこかで言っていたと思うのですが、報道では関係する人々の生活を一面的に、かつ即物的に消費させてしまう一方で、映画はそこで失われた視点を描く力があると思います。今年公開された『空白』という映画にも通底するテーマであると思うのですが、消費文化の加速によって非人道的な扱い方が増大していく、そこはまさに現代社会が進行形で抱えている課題だと思います。」

池「『パラサイト』に直接的に繋がるような格差の問題意識が既にデビュー作で盛り込まれていますよね。よく考えてみれば”団地に住んでいる”という設定は中産階級以下の人たちであることを示唆するものだし、その人たちからすると”犬”はある種贅沢品というか、憂さ晴らしの対象になり得るという象徴なのかなと。」
深「まさにそうですね。地下と屋上で様々な事件が巻き起こる、という”上下構造”に拘った画作りも、初期から最新作まで随所に散りばめられているモチーフだったりします。また、『パラサイト』でオスカーを受賞した際のスピーチで話していた「個人的なことが最もクリエイティヴなことである」という言葉通りに、この作品もポンジュノ自身が若い頃に子供を授かった、という経験に由来するものだそうです。細田守監督とのオンライン対談(東京国際映画祭主催)でも話していましたが、”自分の中にある衝動や感情をもとに全ての映画を作っている”、つまりどこまでいっても”個”であり、それが大衆に支持される表現になり得ると。」

池「ポンジュノ独自のシグネチャーでいうと、ここぞという場面での”イマジネーションの挿入”ですよね。本作でも、主人公が最も勇気を振り絞る場面の後ろで、大量の応援団のような人たちが映り込む。それも仰々しくなく、あくまでサラッと描くというやり方が絶妙で、ニクいなと(笑)」
深「『グエムル』の家族での食事シーンと同様に、「そこにいないはずの存在」を描くとき一瞬のリアリティラインの飛躍、そこで問答無用にアガる&エモくなるという。」
池「ポンジュノは決まりきった表現方法とかに縛られすぎてないところが良いですよね。徹底したリアリズムを描くぞ!とか、そういったところに拘らず、あくまで自分の脳内にあるイメージを具現化することに最適化しているというか。だからこそ、一つの作品の中で様々なジャンルが嗅ぎ取れることや、しんみりし過ぎないユーモアが効いて来ることにも繋がっているかなと思います。」

3. 『殺人の追憶』-全てが驚異的なバランスで成り立った映画史に残る名作

深「この映画は、実際に起きた連続殺人事件をテーマに、真相解明に奔走する刑事たちや、それを取り巻く社会状況などを克明に描き出しています。2003年の公開当時犯人は捕まっておらず、30年以上経過した2019年に真犯人が特定されました。ポンジュノは「犯人が観に来るかもしれない」ということを常に念頭に置きながら、ストーリー構成などを考えていたそうです。」

池「観た印象としては、ポンジュノの中でも一番エンターテイメント!と感じる作品でした。ミステリーとしても純粋に楽しめるし、ユーモアも随所に散りばめられていて、観ていて飽きない。あとは画面いっぱいに広がる草原などに観られる画としての綺麗さや、音楽の壮麗さなど、『ほえる犬は噛まない』の時から更に職業監督としてグレードアップしたことが伝わってきます。」
深「久々に見直したら、ファーストカット(草むらの中でうずくまっている少年の顔のクローズアップ)は北野武監督『3-4X10月』の有名なシーンとダブるところがありましたが(笑)、それは置いておいて、この作品の中でも、冒頭で話したような軍事政権の強硬体制を示唆するシーンが多数出てきます。まさにこの犯罪自体が、警察がデモの鎮圧に時間を割いていたことや、町中に鳴り響く空襲訓練のサイレン&消灯という社会制度の闇の中で生まれたという背景もあって、80年代当時の空気感というものがビビッドに感じられるのではないかなと。」

深「本作の登場人物(刑事たち)は見ている世界がまるで異なっていて、パク刑事は自分の直感、ソウルから来たソ刑事は書類にそれぞれ絶対的な信頼感を置いている。それが事件の継続と共に瓦解していく、つまり”自分が信じていた世界の揺らぎ”に対する不安感が増大していくわけです。パク刑事が、犯人(とされていた人物)に「飯は食ってるか?」と問いかけるシーンは、分断が進んだ社会において必要な、他者の気持ちを慮るという至極シンプルな行為を象徴していると。ちなみに、本作の中でも屈指の名場面であるこのセリフは脚本にはなく、ソンガンホによるアドリブだそうです…。」

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