2021年ベスト漫画!「グッバイ・ハロー・ワールド」北村みなみ

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元はテック・カルチャーを扱う雑誌「WIRED」に掲載されていた短編を集めたもので、あえて大雑把に括ると「ディストピア」と言えるのだが、今でも定期的に読み返す「えれほん(うめざわしゅん著)」における「善き人のためのクシーノ」のような、緻密に計算され尽くした完璧なストーリー構成と、卓越したワードセンス・言葉遊びとは少し異なるものがある。

この「グッバイ・ハロー・ワールド」にどうしようもなく惹かれてしまうのは、ディストピアにありがちな「シリアスさ」を嘲るようなオフビートな台詞回しと、登場人物の感情に入り込みすぎない俯瞰性に起因しており、その要素は先ほど挙げた「えれほん」に収録されている短編「Nowhere」や、そのルーツともいえる藤子・F・不二雄による一連の「SF・異色短編」のテイストに通ずるものがあるだろう。

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脳内チップを埋め込まれた女性が自由意志について苦悩する「点滅するゴースト」や、安楽死が合法化した日本で「自葬式」を執り行う「幸せな結末」、パンデミックにより人間同士の物理的な接触が(家族でさえも)無くなってしまった生活に抗う「リトル・ワールド・ストレンジャー」など、現在も議論が加速しているテーマをそれぞれ取り上げながら、難解になりすぎずあくまで日常的なシチュエーションに落とし込み、熟成された不思議な温度感は読者に予期せぬ"安心“を与える。

本作での白眉が単行本用に書き下ろされた「夢見る電気信号」であると思う。
あるカップルが「キッズアバター」(親同士のDNA解析に基づいた人工生命。ARを通して姿が見え、特殊なグローブを用いて体の感触を得る)を苦労しながら育て上げるが、同性同士であるゆえかプログラムに徐々にバグが生じ始める…というストーリーである。

この物語の中ではいちおう日本でも同性婚が認められている。(本当に哀れなことだが、日本の現状を踏まえるともはや"SF"の括りに入るかもしれない)
が、法改正から10年が経過しても世間からの風当たりは強く、主人公の会社(いわゆる"営業"系で、旧来的な慣習を受け継いでいるとみられる)では「男なんだから接待に来い」と上司から言われる始末で、当然カムアウトも出来ないため、2人は籍を入れない選択をする。


「アバターの子供を育てる」といういわゆるSF的な設定のうえに、日本が抱える近未来的な(そうと願いたい)社会構造の課題が浮き上がることによって、読者は自らを切り離して物語を楽しむのではなく、むしろ一種の"親密さ"をもって彼らの言動や(分岐点における)選択を迎え入れることができる。
これはまさに漫画でしか味わうことのできない感覚だし、この絶妙なバランス感で成立する日本の作品ってあまり見たことがない。

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とあれこれ書き連ねてみたのだが、上記のような浅薄な感想よりも、n倍的確でテクニカルな、客観性をもった批評が本の中に掲載されている。
そちらに目を通したうえで再度作品を読み返すと、また違った角度から見えてくるエッセンスがあり、実にユニークな形式である。

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