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猫と私 #2 その名はマイケル。粗暴につき

今から十数年ほど前。
その猫はある朝、突然現れた。

出会ってすぐの頃のマイケル

大柄な茶トラのオス猫。
漫画のホワッツマイケルに似てなくもないが、やや粗暴な雰囲気。じゃりン子チエで土佐犬を半殺しにしたアントニオのほうが近いかもしれない。

とりあえずゴハンを出すとウーウー唸りながら家の猫たちの4倍くらいの量をペロリと平らげるところを見ると、どうやら腹が減っているようだ。空になった皿を下げようとしたところ猫パンチをお見舞いされて手の甲の皮膚が裂けた。
どうやら感謝の気持ちはないようだ。
とりあえず粗暴な茶トラを私はマイケルと呼ぶことにした。

ココに来ればメシが食えると知ったマイケルは、以降定期的に現れるようになったのだが一向に懐く気配はない。出現頻度が高まるにつれ、これまで遊びに来ていた猫たちがパッタリ来なくなるか、夜の闇に紛れてこっそりやってくるようになったのはマイケルを恐れてのことだろう。
たまたま鉢合わせようものなら時間を問わず大喧嘩。
といっても、だいたいはマイケルによる一方的な暴力である。喧嘩の鳴き声がけたたましく響いた翌朝はあたりに謎の血痕や毛玉が散乱し、マイケルは傷ひとつなくメシを食いに現れ、私は「昨日、マイケルと喧嘩した猫は大丈夫だろうか…」と心配になった。

このような粗暴なドラ猫を飼いたいと思うわけもなく、一定の距離を保ちながら付き合いを続けていたのだが、ある日マイケルは腫れ上がった前足を引き摺りながら現れた。
あちこちで喧嘩ふっかけて作った傷が化膿したのだろう。自業自得だが具合が悪そうにうずくまっている。敗血症にでもなって、ウチの敷地でくたばるのは厄介だな…と近所の動物病院に相談すると、化膿に有効な薬を出してくれたので、缶詰に混ぜて飲ませたところ、数日もしたら腫れは収まった。
と、同時にマイケルは突然、人が変わったようにフレンドリーになったのである。

犬のようについて回るマイケル

ゴハンを与えてもパンチ、撫でようとするとパンチ、声をかけただけでパンチをお見舞いしてくる猫が、ある日を境に昔からの親友のように振る舞うようになったのだ。
足の治療に恩義でも感じているのだろうか。
理由はわからないが、別の日にマイケルは性懲りもなく他の猫と大喧嘩をしていた。相手は積年のライバルでシャチと呼ばれる黒白の猫だ。

放浪猫のシャチ

真夜中にもかかわらずマイケルとシャチが取っ組み合いをして黒白茶色の三毛猫みたいな謎の塊になっている。とにかく近所迷惑なので二人を引き離そうとすると、シャチが私の手に鋭い猫パンチを繰り出してきたその時だ。

マイケルが私とシャチの間に割って入り、私に背を向けるとシャチに対して敵愾心をむき出しにした。まるで子猫を守る親猫のような姿に私は「あれ?これってもしかして、守られている?」と思ったが、実際のところはよくわからない。
虎の威を借る狐もとい、人間の威を借るトラ猫だったのかもしれない。

こちらとしては、ただ今すぐにケンカをやめてほしかったのでマイケルを抱き上げて行動を制限すると、シャチは「すまんね。人間」と言わんばかりに去っていき、それきり我が家に戻ることはなかった。このシャチとは後に再び出会うことになるが、それはまた別のお話。

そんなワケで、距離感をぐぐっと縮め、居場所を獲得したマイケルは粗野で孤高の野良猫から、なんとなく庭に居座る犬みたいな性格の猫に変貌した。
私が仕事で家を出ると、ウニャウニャ話しかけながら後ろをついてくる。
100mくらいで追ってこなくなる日もあるが、500mくらい追跡してくることもあり、迷子になるといけないので渋々家に戻って庭でエサを食べさせている間にダッシュで家を離れたことも一度や二度ではない。

ある日の仕事帰り、家の近くのコンビニで買物をして店を出ると、ギャルっぽい女子高生がパンツ丸見えの大股開きでしゃがみ、キャアキャア言いながら熱心に店の外観をスマホで撮っていた。「何をそんなに熱心に?」と目を向けると、店の前にマイケルが前足を揃えておすわりのポーズを決めているではないか。
どうやら女子高生はマイケルを激写していたようだ。

車通りがそこそこあるので心配ではあったが、マイケルも落ち着いた様子だし、何より女子高生の撮影を邪魔してはいけない。

「とりあえず、見なかったことにしよう」

無視して通り過ぎようとしたとき、マイケルがこちらに気づいて、まるで友達の背中を叩くように尻にパンチをお見舞いしてきた。「俺を置いていくなよ」と言わんばかりの勢いで、ジーパンを履いていたため爪がしっかり食い込んで抜けず、しばらく後足で二足歩行していたが、あれを女子高生が撮ったのかはわからない。
オッサンと茶トラの猫が二足歩行で一緒に歩くかなりシュールな絵なので、もし撮っていたら見せてもらいたいものだ。

ほとんどストーカーと言っても差し支えのないマイケルが遂に距離をゼロに縮めたのは、ある冬の日だった。

(続く)

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