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短編小説まとめ

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短編と掌編をまとめました。
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#恋愛小説が好き

【掌編】『変な朝』

なんでこうなってるのかわからなかった。 変な朝だった。 目覚めの直後、ハッとしたのは薄ぼんやりした意識で見上げた天井が、いつもと違っていたからだ。それが自分の部屋ではなくリビングルームの照明なのだと理解するまでに少しばかりの時間が必要だった。 そして左腕は誰かの体の上にある。さすがにすぐに彼だと気づいた。 同じクッションに乗っている頭を少し持ち上げて顔を見る。 自分のマンションで今、恋人と一緒に毛布に包まっている状況をやっと理解できた。 左手で自分のこめかみを掴むよ

【ショートショート】『オノマトペピアノ』

”pp” 「ピアノピアノ」 ベッドで片肘をついて譜面を眺めている僕の前に無理やり君は割り込んでくる。”p”はピアノだってことは知っているらしかった。 「それはね、ピアニッシモ」 解らない人にとっては記号だらけの呪文のような楽譜というものは、人の感情を揺さぶるために必要なものとは限らない。 心に響く声で皆を虜にする君。 僕のピアノの師匠のいる街の路上で君は歌っていた。音大の入試に失敗したことを師匠に報告したその夜も駅前で歌っていた。 あの日、君の声が皮膚から心臓の

【ショートショート】『Snowflake』

見上げる暗い空から白いものが舞い降りて睫毛に引っ掛かり融けた。 「それじゃあ、ぼちぼち行こうか」 「それって、ふふっ」 顔を見合わせて笑った。もちろん狙ったわけじゃないと思うけれど。これからお墓に行こうとしていたのだ。 降り続く雪。 「一緒に行きましょう」 私がこう言ったのは除夜の鐘を聞いた直後のはだけた布団の上だった。何かを確かめ合うように抱き合っていた私たち。 生? 死? それとも別の何か……いったい何を? それが何を意味するのかもわからないというのに。