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短編小説まとめ

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短編と掌編をまとめました。
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#毎週ショートショートnote

【ショートショート】『サンセットストリップ・デジタルバレンタイン』

タバコとそうじゃないやつの入り混じった煙りがもうもうと立ち込めるライブハウス・ロキシーから這い出た僕はやっと一息ついたところだった。チャイニーズシアター前のホリデーインまで酔い覚ましに歩いて帰るつもりでいた。ちょうどいい距離に思えたのだ。 すぐお隣のバー・レインボーは、腕に覚えがあるここら辺のミュージシャンが集まる知る人ぞ知る店だ。敷居の高さもかなりの店だが、そこのドアから日本人らしき女の子がひとり出てくるのが見えた。少し覚束ない足取りだ。 今夜は何かいつもと違うことをし

【ショートショート】『ツノがある東館』

”がある”、”ガアル”、”ガール”。 ”がある”が頭の中を占拠していた。 電車の中でも、降りてからも、勤務先のビルの中でもそうだった。 仕方ないから隣の席の同僚女性に聞いてみた。 「『なんとか”がある”』って知ってるよね」 「ええ、『チアがある』とかでしょう? 『山がある』、『森がある』...…『雌がある』なんのてのもありましたね」 「じゃあさ、『ツノがある』って何?」 「初耳です。東館さんなら知ってるかも」 「どうして東館さん?」 「いえ、別に。物知りだ

ボントロトンボ #トロンボーンの口調

こちらの続きとしても読んでいただけます。 玄の言う通り確かに僕は頼りなかった。休日のビルの谷間、誰もいない通りのベンチで僕らは風に吹かれていた。 「トンボみたいね」 風に乗って自由気ままに流れて行く。そんなイメージなのだという。 子供の頃、トンボの食べ物はツユクサと信じて疑わなかった。捕まえたトンボの口元にツユクサを近づけるとモグモグと齧るのが面白かった。実際に食べたかどうかはわからない。 玄はトンボの食べものを知らなかった。 「ツユクサをちょうだい」 「何それ」

【ショートショート】『愛にカニばさみ』

仁香がここを去ってもう二年が過ぎた。 目の前に広がる水面は、オホーツク海に面した大きな湖だ。 湖に落ちる夕日を仁香と一緒に見たあの日々が、人生最良の日々であったと今は思っている自分がつまらなく思えた。 本当につまらない人間に成下がってしまったのか。 「僕はもうここにはいたくない」 ある日突然、僕っ子になった仁香は吐き捨てるように言ったのだ。 自分は、何のために此処にいてこの夕日を今日もまた眺めているのか。 仁香は突然、花の都に出て行ってしまった。 今や彼女が気

【ショートショート】『クリスマスカラス 2』 #親切な暗殺

前編はこちら。 いつものように合鍵を取り出し君のマンションのドアを開ける。目の前に現れたのは知らない男だった。そして僕に『きえろ』と言った。 そいつのすぐ後ろに急いで纏ったらしい毛布から素足を晒してつっ立っている君がいた。 ◆ あれからずっと、うなだれて生きてきた。 ギザギザになってしまった感情線。それを見ているうちに何かのスイッチが入った気がした。 急いで部屋を飛び出した。赤や緑のランプが点滅する浮かれた通りを駅まで走った。 雪が薄っすら積もっていたが、雪

【ショートショート】『告白水平線』

天気雨は嫌いじゃない。 「雨じゃない?」 「うわ。来やがった」 五つ上の少しぶっきらぼうな従兄と今日も一緒だ。 道端にカブリオレを止め二人でルーフを慌てて閉じる。 「早く、早く」 「それより早く窓上げろ」 びしょびしょになった。 いいけどね。 「お前さぁ」 「はいはい、とろいのはいつものこと...…」 いつだって後にくっついて離れなかった。 今日は少し意地悪してみたくなった。 「来年はこんなふうに一緒に海、来られないかも」 「どうして?」 ちらちらこっちを見て

【ショートショート】『初めての』

 優れたスナイパーは敵から身を隠す術においても一流である。場所により草木に偽装したりなどは日常茶飯事だ。そして、ターゲットが現れるまで微動だにしない。さしずめ、現代の忍者だ。  その日も草に偽装した状態で草原に伏せたまま既に二時間は経とうとしていた。漸くやってきたターゲットの男女。仲睦まじく手を繋いで野道をやってきた。 「ねえ、けーすけ。ちょっと一休みしようよ」 「わかった。いいよ」  女は一心不乱に花を摘んでいる。男は寝そべって空を見上げているが今にも寝てしまいそうだ

【ショートショート】『惑星からのくノ一 χ』

 女房のカイが突然姿を消してから丁度、四十九日。その娘は突然現れた。村外れの地蔵の前にぽつんと突っ立っていた。  歳の頃なら五つか六つ。畑仕事の帰り、おいらが声をかけるとこちらを見てにこりとした。驚いたなんてもんじゃねえ。カイに生き写しだった。 「いったいどっからきた?」  娘はただにこりとするだけ。  妙なのは、いつも日の入り直後の西の空を一時黙って眺めて動かないことだ。カイもそうだった。  娘の成長は早かった。一月が一年と同じかという早さでどんどん大人になっていく。言

【ショートショート】『アナログ巌流島』

古き良き時代のアナロググッズを発掘して対戦形式でお披露目する。題して『アナログ巌流島』。 今週の対決は、「カセットテープ」VS「レコードプレーヤー」だ。これは楽しみ。 個人的には、ずっとお世話になっていたカセットテープに小さくてかわいい見た目と安くて手頃だった親近感で肩入れするような気持になっていた。 まずは、それぞれの得意技を披露する。カセットテープの得意技は自動でA、B面が切り替わるオートリバースだ。カセット、レコードともにA、Bの両面があってレコードプレーヤーはい

【ショートショート】『半分ろうそく』

それは多分我が家だけの言い伝えだった。 『半分ろうそくは幸せのしるし』 家族は皆、朝起きて仏壇のろうそくが半分になっている日は良いことがおこると信じていた。 母は毎夜新しいろうそくを立ててから寝る。 それがあくる朝、半分まで短くなっている日がある。 僕が小学校へ入学するその日も『半分ろうそく』だった。 遠足の日は毎年『半分ろうそく』だったし運動会の日もそうだった。 そんな朝、母は嬉しそうに僕を仏間まで手を引いていった。 おばあちゃんは、傍でにっこり顔で見守っていたものだ。

【ショートショート】『オノマトペピアノ』

”pp” 「ピアノピアノ」 ベッドで片肘をついて譜面を眺めている僕の前に無理やり君は割り込んでくる。”p”はピアノだってことは知っているらしかった。 「それはね、ピアニッシモ」 解らない人にとっては記号だらけの呪文のような楽譜というものは、人の感情を揺さぶるために必要なものとは限らない。 心に響く声で皆を虜にする君。 僕のピアノの師匠のいる街の路上で君は歌っていた。音大の入試に失敗したことを師匠に報告したその夜も駅前で歌っていた。 あの日、君の声が皮膚から心臓の

【ショートショート】『星屑ドライブ』

空。 あの空のかなたに誰かが待っているような気がしてじっと見つめてしまう。 理屈じゃないんだ。 それにしてもモノクロームな日々。 もう春だというのに。 落ち込んでいるのか? いや、そうじゃない。 夜更けに外に出て空を眺める。 満天に広がる星々。 海。 瞬く光は思考回路の中枢に届くスイッチ。生命の揺りかご。ここは海の中? いや、空の下だ。 いてもたってもいられなくてクルマに乗り込みキーを捻る。エンジンがしっかりと目覚めるまで外で空を見上げる。 「今夜も星屑ドラ

【ショートショート】『ダウンロードファーストクラス』

ボーカルのキイコは見かけによらず酒に弱い。 「アタシやっぱ海外のフェス出るまではやめないからね」 やっと地元の小っちゃな箱でできるようになったばかり。 ハイボール一杯で意識はもう海を越えたようだ。 ちょっとばかりそれに乗ってみる。 「出るとしたらどこにしようか?」 「レディング、リーズにグラストンベリー……」 「キイコ、イギリス好きだね」 「そんなことないよ、ヴァッケンとかコーチェラとか」 「うわあ、最高だね」 キイコが語る前座から上り詰めるストーリーを聞く。 最初

【ショートショート】『ヘルプ商店街』

高校時代の通学路を歩いた。当時は自転車通学だったので人通りが多い時間は商店街を避けていたけれど今やシャッター街だ。 学校帰りに時々寄っていたレコード屋ももう無い。でも、そこを通り掛るとある人を思い出す。レコード屋で時々見かける女の子がいた。彼女がきっかけで洋楽でも歌詞を読むようになったのだった。同じ高校なのはわかっていた。いつもお互い一人だった。 高三になって同じクラスになり名前を知った。レコード屋で思いがけず声を掛けられた。 「どんなの聴くの?」 彼女はいつも洋楽コ